2015年5月11日 (月)

猿橋を見物してきた

山梨県大月市にある猿橋は、日本三奇橋の1つと数えられているそうである

今回、その猿橋に初めて訪れてみた

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猿橋は歩行者専用の木造橋である
それが、かなり深い渓谷に架けられている

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上流側。ムズムズする高さ

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下流側。中央は明治時代建設の発電用水道橋。重要文化財だったりする

この渓谷自体は長いものではなく、
上流側には歩いてすぐの距離に川幅の広い穏やかな河原がある
しかし、かつては水量がはるかに多かったはずで、
今は広々と見える河原にも、滔々と水が流れていたことだろう
そこに橋を架けるには、橋脚を建てねばならない
それがおそらくは困難だったのだろう
で、橋脚を省略するために、対岸まで一番近い場所に架けようとしたのだろう
ところが、それでもそれなりの川幅があって、橋桁だけでは強度が足りない
そこで、橋を跳ね出し桁で支えて構造的に成立させた、という橋だ

その跳ね出し桁のアイデアの元になったのが、
猿の渡河の様子であることから、「猿橋」という名になっていると、
まぁこんな感じなのである

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その跳ね出し桁の様子。社寺にも同様のアイデアが使われている

ゴールデンウィーク初日ともいえる5月2日土曜日の昼ごろだったが、
数人の観光客のほか、中学生がちょこちょこ歩いていた
遠足かな?とも思ったが、どうにも興味や関心、興奮を感じない
橋を渡った先で分かったが、この橋は地元の中学校の通学路のようだった

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対岸に階段があり、その上には中学校がある。この橋は通学路だ

大変にいい天気で、新緑が萌え、木造の橋もよい香りを立てている
小さい橋だが、なるほど名高い橋といった風情だった

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小さいながら、堂々とした風格。さすがは日本三大奇橋

橋のたもとには小さい地場産品の商店があり、
小さいながら、野菜や花、漬物など品数が豊富だった
その中から、袋詰めのほうとううどんと、辛みそ、山椒みそ、
ネギなどを買い、お勘定をしてもらうと、なかなかのいい男が、
ほうとうの作り方と、安くてうまいうどんの名店を教えてくれた

残念ながら、途中で道を誤り、そのうどん店にはたどり着けなかったが、
富士吉田の町で、半年前に行けなかった、なんとなく気になるうどん屋に行けた


富士吉田のうどんというのは基本的に家庭料理で、
家に上げて食わせるというのがルーツだったようだ
今回行った店がまさにそれ(の現代版)で、店は元は住宅
玄関を上がるとお勘定台があり、そこで注文と勘定を済ませ、
札を持って2階に上がるとそこが客席になっていた

小さな水場とリフトが追加されていて、2階専属の女性がお給仕してくれる

この女性と気が合い、昼過ぎで客も少なかったことも手伝って、
なかなか楽しく盛り上がった

いくら富士山でも住んでいれば日常の風景になって忘れてしまうとか、
それでも一歩外に出ると富士山が目に入るこの環境は恵まれているとか、
水が旨いとか、休みの日にはうちの近所のアウトレットモールまで来るとか、

少し柔らかめのここのうどんは、私には大変に好きな味だった

最近はコシがなければうどんじゃない、みたいな風潮があるが、
少し緩んだ麺には出汁がよく沁みる
そして、ここの出汁はうまかった

ほかの多くの店と同じく、午後1時半頃には店を閉めてしまうこの店
浅間神社の真正面の坂道から少しだけ奥まったところとだけ書いておこう


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浅間神社の鳥居。うどん屋はこの先の少し奥まったところにある

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振り返り、本殿側を望むとこんな感じ。立派な境内

富士吉田にあるのは浅間神社だ
ここの多くの灯篭や手水鉢は、富士山の溶岩で作られているようだった
伏流水のおかげか、雨の多い土地なのか、杉が立派に育っていた
いかにも北側の風景といった趣である

ちなみに、富士山の反対側、静岡にあるのは浅間「大社」だ
「神社」と「大社」の言葉の重みは全く違うようで、
「大社」のことを「神社」と言った私は、地元の方にそれをバッサリ否定された
大社のほうは灯篭は朱塗の木造で、境内は明るく広々としている
いわば、南側の風景だ


お参り後はすでに2時を回っていたが、朝霧高原まで足を延ばし、
姑さんに、あのすばらしい富士山の眺めをプレゼントした

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天気は良かったが雲が切れなかったのが残念

ゴールデンウィーク初日だからか、
富士吉田までのところどころで混雑に遭遇したが、
その後は幸いにも混雑は皆無で、上野原から中央高速に入り、
八王子から圏央道に入ったが、渋滞は無かった


ちなみに、行きは中央高速の相模湖あたりで大渋滞になるだろうと予測し、
青梅から奥多摩、小菅、松姫峠を経由したのだが、
松姫峠には3,000m級のトンネルが半年前に開通したばかりで、
これによって相当時間を稼ぐことができたのが、大変うれしい誤算だった



出かければ大渋滞で行った先は大混雑で疲れるだけ
そんな印象のゴールデンウィーク中の小旅行だったが、
日にちと行程をうまく選べば、快適に遊べるものである

2014年3月10日 (月)

徳島にいってきた 2014

祖母の13回忌ということで、菩提寺のある徳島に行った

この祖母の命日に78歳となった施主である父は、
さすがに足腰が弱くなってきて、杖こそ撞いていないものの、
歩けば、転びそうなほどに体が前傾してしまう

もう一人での遠出や旅行は難しそうだし、
次に徳島に行くのは、一年半後の母の7回忌で、
その頃まで、健康でい続けられる見込みも低くなってきたので、
いつもは法事だけで帰ってくる徳島行きに、
同じ徳島は三好という吉野川の上流域にある、母方の古い墓参と、
途中にある、古い町並みが美しい脇町と貞光町を見るプランを組み込んだ

徳島でレンタカーを調達し、法要後、一路、徳島自動車道をおよそ70km
吉野川SAのスマートICで降り、寂しい駅前を過ぎて川筋をいくらか遡る
墓参用の駐車スペースに着くまではICからほんの5kmほどであり、
途中には仏花を買うに充分なスーパーまである

と、ここまではとても便利なのだが、
区画など無い典型的な古い墓地なので、いつも墓石を見つけるのに苦労する
今回も、20分ほど探した

今回墓参した面子で、この墓を最後にお参りしたのは父である
おそらく7~8年ほど前のことだろう
私が最後にお参りしたのが13年ほど前
関東からでは、さすがに滅多に墓参できない場所とはいえ、このざまである
罰当たりなものだ

見つけたのは私だが、驚いてしまった
探し当てた墓には、新しいおしきみが供えられており、
地域の風習か、お米粒と、小銭も供えられていて、
それに、墓石と周囲に、水が打たれたばかりだったのだ

ほんの今、どなたかがお参りしてくださったようだった

実は、この墓石の施主の一人である祖母は、高齢になったある頃、
ここへの墓参を諦め、私の運転する車で地元を廻り、
旧縁の方々に墓守を依頼して回った
14年ほどの前のことである

そのどなたかが、恐らく我々の来るほんの少し前に、
お参りして下さっていたのだろう

墓石の脇には、掃除用と思しき箒が備えられていた
亡き祖母の依願に、今も応えてくださっているその情景は、
静かで、胸にぐっと来るものだった

父も、祖母が亡くなった直後に、
改めて、墓守の依願にここを訪れているのだが、
もしかすると次がないかもしれないこの墓参でこの光景を見て、
感銘を受けているようだった

お礼を伝えるだけの時間が無いのが残念だったが、墓を後にし、
徳島方面へ12kmほどのところにある貞光町を訪ねた

貞光町は、知名度こそ低いものの、
完全に観光地化しきった脇町と並び、
うだつ(防火壁)が豪壮なことで有名な、剣山登山口の町である
脇町と異なり、今なお、ほぼ観光地化しておらず、
電柱も電線も自然とそこにあって、人が少なくて、素朴で、
天邪鬼な私の嗜好にぴったりハマる場所なのだ


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貞光町の街並。店舗はほぼ全て地元向けの自営業

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建物両袖に二層のうだつが聳えるのが特徴

さらに徳島寄りに10kmほどにある脇町へ

途中、わざと吉野川名物の潜水橋(増水時に水没する橋)を渡った

動画はこちら↓

吉野川には同様の橋が何本かあり、今もふつうに利用されている

さて、脇町
こちらは映画の舞台にもなったほどの場所だけに、
沿道の店舗に軒並み観光客向けのテナントが入る完全な観光地だ

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観光客相手のテナントが並ぶ脇町の街並

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本当に綺麗だけど、時間を止めた街には生活感が無いことが残念

脇町には短時間だがちゃんと車を停めた
父も、苦労しながらも、この街道を少し歩いていた

脇町の至近にある脇ICから再度徳島自動車道で徳島まで戻り、
空港に着いたのは、出発便の定刻70分前だった



いつもは、法要前日の午後に到着し、夕飯に徳島の幸を味わうだけで、
翌日の法要を済ませると、そのまま午後の便で帰ってくる徳島行
ちょっとギリギリの行程だったが、年老いた父にも少しは喜んでもらえたようだ

私がこの墓に参るのは数度目で、貞光と脇は2度目の訪問だが、
いずれも今回が初めてだった兄も家内も、綺麗に手の入った墓に喜んでいたし、
貞光でも脇でも、しきりに写真を撮影していた

少しは、いい旅の思い出になったと思う



母方の私の祖母の旧姓は「幡鉾(ハタホコ)」という珍名である
今回お参りした墓は勿論この幡鉾家のものなのだが、
祖母は嫁入りして姓が代わり、この墓を共同で建立した祖母の2人姉妹の妹は、
結婚せずに亡くなってしまったので、うちの幡鉾姓はそこで絶えてしまった

この苗字は徳島の山間部に由来するようだ
字面から想像するに、徳島山間部の祖谷渓に落ち延びたという、
平家に関係していた?なんてロマンも感じるが、もはや何もわからない


もし、父が元気に次の法事を迎えられたら、
そのときにまたお参りしたいと思っている

2013年8月27日 (火)

夏旅2013 その2 <開発>

この歳になると、一年など本当にあっという間だが、
帰省先にまつわるこの一年間を振り返ると、
やはり、一年というのはそれなりの長さがあるのだと思わされるほど、
今年は変化が多かった

印象的だったのは、大規模な土地開発が2件行われていたことだ


まず、2軒先に、老人福祉施設の建設が始まった

数年前に廃業した老舗旅館の敷地に、4階建て程度の施設が2つほど建つらしい

私がここに帰省するようになって30年以上になるが、
その中ではいちばん大きな建設工事である

それだけに、海にどんな影響が出ているか心配だったが、
幸いなことに、海の水自体はとても綺麗だったし、魚は例年より多く、影響はあまり無いようだった
また、都会の建設工事と異なり、作業は実にのんびりと行われていたので、
これならば、建設中はまず安心だろう

ただ、完成後も汚水と生活排水が出る
最新の合併浄化槽が設置されるのは確実だが、規模があるだけにその排水量が心配だ

海に面した眺めの良い場所だ。きっとなかなかの人気になることだろうが、
どうか、せっかくの良好な環境に悪影響が出ないようにしてほしい



もう1つの土地開発は、裏山の宅地開発である

この地域は静かだし、そこそこ便利なうえ、温泉も湧くので、別荘開発したいのはわかる
ただ、平地は皆無で、宅地開発は必然的に裏山を開くことになる
これまでにも裏山を開いての宅地開発は幾度か行われてきた
しかし、景気のせいか、あるいは雨が降ればすぐ崩れる脆い山だからか、
開き始めては放置、の繰り返しだった

今回もそうなる可能性はある
しかし、ここ最近ではもっとも本気の開きようだった

普段、あまり裏山には近づかないのだが、散歩ついでにその辺りに行ってみた

裏山は、海面が50mほど高ければ、離れ小島になるような形状だ
かつて、その谷筋には老人ホームが建ち並んでいたが、今は解体されている
陽の当たらない北向きのその谷には、とても陰鬱とした雰囲気が漂っている

谷の峠には、それ以上の山に上る複数の工事用道路が開かれている
山の中腹にも、原生林を開いた山の地肌が所々見て取れたので、
確かに、それなりの力量で開発しているようだ

しかし、その峠がいけない

峠の先には入り江があり、その入り江から風が抜けてくるのだが、
その風が、ここには来るな、と言っているように思えてならないのだ

小笠原を旅した時、山で受けた感覚とよく似ている
周囲の原生林が、あるいはその茂みに潜む野生動物が、あるいは魂のようなものが、
こちらをじっと注視しているような威圧感が非常に強いのだ

「それ以上入ってくるな、ここはお前の場所じゃない」

そう言われたような気がして、周囲の気を損ねないうちに戻ってきた


これまでの宅地開発が頓挫したのは、あるいはこの雰囲気のせいかもしれない
そう思えるほどの、不思議な感覚だった

実は、風が吹いてくる峠の先の入り江も陰鬱としていて、普段あまり近づかない場所のひとつだ
入り江には防波堤を抱くそこそこ広い陸もあるのに、人が住んだ痕跡がまるで無い
周囲の自然が、住むなと訴えかけてくるような感じだ


この裏山を挟んだ、家のある辺りには、そんな雰囲気はまるで無い
明るくて、穏やかだ


私は霊感が強いわけでも、そういったものを信じているわけでもないが、
かといって、峠で受けたような感覚をことさらに無視しようとまで思わない
あの感覚にはそれなりの理由があるのかもしれないのだ
それは、山肌の勾配であるとか、地盤の弱さであるとか、陽の当たり方というような、
科学的に解明できる種類のものかもしれないが、
いずれにしても、感覚的に、近づくべきでない場所というものがあるのは間違いない

自然の多い土地で暮らしていると、それを強く意識させられるのだ


この地域の土地が直接変化する開発はこの2件だが、
もう1件、内陸で高速道路の延伸工事が行われている関係で、
集落にそのための寄宿舎が建った
例の入り江のいちばん奥に、だ

和歌山では、2015年に国体が開催されるそうで、
それまでに、高速は隣町、すさみまで延伸されるようだ
しかし、ここの集落にはICは作られない
作られないほうが、この集落にはいいと思う


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近所の店で同席したお子さん。この店もいろいろ変化があった。

2013年8月24日 (土)

夏旅2013 その1 <道の選択>

和歌山の実家に帰省してきた

今年は家内と二人である

昨年は友人一家と一緒だったし、その前は姑と行ったりと、
なんだかんだで二人きりの帰省は5年ぶりになっていた

ルートは昨年と凡そ変わらない
入間ICから圏央道、中央道、名古屋高速、東名阪道、名阪国道、西名阪道、阪和道と駆け抜ける

ただ、毎年渋滞で不愉快な思いを強いられる三重県四日市の辺りをどうにかすべく、
今年はそれにチャレンジしてみた

とはいえ、高速を降りて一般道を走るだけだ

今年は休みがうまく取れて、出発したのは木曜深夜
金曜の正午まえに問題の箇所周辺に辿り着いた
渋滞は亀山を先頭に桑名あたりまでとのことだったので、
木曽三川を越えた最初のインターである桑名東ICで降りた
桑名東はR258に接続していて、その先は四日市工業地帯の動脈、R23である
しかし、このR23もなかなか混んでいた
沿道は純粋な工業地帯ではなく、住宅地も点在していて、
そういった地域で頻繁に信号が流れを止めるのだ

とはいえ、この区間の高速の渋滞のような、ギッチギチの混雑というほどではなかった

ちょうど昼時になっていたので、鈴鹿の石薬師の辺りで、
地元のファミレスらしき「のんびりーと」という店を見つけ、入った
内容もわからないまま、日替わりランチを注文すると、ドリンクバーと共に、
地野菜のサラダバーやお惣菜、果物、口直しのゼリーまで食べ放題
その野菜が実に美味く、ほくそ笑んで食べていたところに出てきたのが、
女性には完食がまず無理であろう、見るからに大きなロースカツだ
こちらにもサラダが乗っていて、ご飯と味噌汁(パンとスープも可)が付いて、
750円というから魂消てしまった
おまけにご飯はおかわり一杯無料
カツも軟らかくて香ばしくて、感激してしまった

家内はハンバーグランチという、もう少し値の張るものを注文したが、
こちらも、黒毛和牛の赤身の味が素晴らしく、プレートに乗っていた焼野菜も、
サラダバーと違う美味さを存分に楽しむことが出来た
値が張るとはいえ、サラダバー、ドリンクバーつきで、1,000円しなかった

こういう店を見せられると、関東の多くの店は、「商売」をしているんだなぁと思う
関西は、もてなす、喜んでもらうのが第一義という素地があるのだと思う
なかなか混雑していて、地元の人に愛されていることが伺われた

高速が渋滞しているから、一般道に逃げる、という選択は、
結果的に高速のほうが速かった、という結果に終わることが多い

しかし、走っている道以外何も無い高速道路と違い、
小学校の頃に教わった四日市工業地帯の広大さや活気、旧東海道の史跡など、
地域の風景は楽しめるわけだし、地元の食事処の魅力も十二分に満喫できた
古くから栄え続けているところであれば、渋滞している高速は降りたほうが吉のようだ


食事処の前の道は、そのまま名阪国道に繋がっている
仮眠を取りながらとはいえ、夜通し走った疲れもあり、所々で休みつつ、
南紀田辺ICに着いた頃には、18時をまわっていた

去年と同じ店で夕食を摂り、去年と同じ店で買い物をし、
家に着いたのは20時を過ぎていただろうか

星と漁火が綺麗で、潮騒はとても静かだったが、異常に湿気が高かった
今回の滞在中、この気候はほぼそのまま続いた


ちなみに、ルート上で渋滞していたのは、やはり四日市周辺のあの区間だけ
本当に困った区間である

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名阪国道の手前で遭遇。奇異な向きの積荷がおかしい。

2013年5月 1日 (水)

人の命の儚さ

土曜日の朝

週末の朝陽を嬉しく浴びていると、珍しく家内もやってきて、
整備したオーディオから流れる音楽を二人で楽しんでいた

しばらくすると、静養で、和歌山の家に滞在している父から電話が掛かってきた
私が、毎年夏に帰省して滞在する家だ

父は、声に感情がモロに出る

なにか好からぬことがあったなと、すぐにわかった

しかし、その内容は、心の準備をはるかに超える衝撃的なものだった



集落の中の、仲良くしている店の若女将が亡くなった、とのことだった



去年の夏にも、友人一家と一緒にこの店で夕飯を食べた
そのときの若女将は、多少疲れた表情で、口数も少なかったが、
にこにこと愛想を振りまいてくれていた

それから僅か8ヶ月での癌死だった


若女将は、家内と一緒に和歌山に行くようになった2年ほど後に嫁いできた
笑顔のとても可愛い人で、ちょっと内股でペタペタ歩く姿が愛くるしかった

他のお客さんがいなくなってから、立ち入った話をしていたら、
なんと、家内と同じ歳ということがわかり、一気に打ち解け、
以来、毎夏、ちょっとしたお土産を持参したりと、小さな交流を持つに至った

滞在中だけのお付き合いで、それ以上の交流は無かったのだが、
毎年、彼女の笑顔を見るのは我々の大きな楽しみだった
それに、土地勘の無い家内にとって、こうした知り合いが出来るということは、
1つの安心だったようだし、また喜びだったに違いない



そんなわけで、父からの電話を一緒に聞いていた家内は、絶句してしまった


どうする?
遠いけど、お別れしに行くか?


電話のあったのは土曜日の朝
お通夜は日曜日で、告別式は月曜日だが、
家内は、月曜の夜勤を休めないから、出られるのはお通夜だけである

スケジュールを考えると、交通手段は車しかない

かなりの強行軍になるが、若女将が亡くなったのはあまりに残念で、
ある意味、嘘であってほしい、という願望も幾らかあり、行くことにした



土曜の夜9時半に家を出て、実家に立ち寄り、父の礼服を引っ張り出し、
圏央道、中央道、名古屋高速、東名阪道、名阪国道、西名阪道、阪和道を辿った
夜通しの長時間運転を考慮して、途中3回、仮眠を取り、
南紀田辺ICに着いたのは日曜日の昼1時前だった

いつも行く割烹レストランで昼食を済ませる
沓海老、鯵寿司、ひとはめ・・・
こんな時でも、海沿いの街の魚料理は美味い

午後3時ごろに家に着き、仮眠を取ってから、身だしなみを整え、
午後6時からのお通夜に行くため、家を5時ごろ出る

開式の30分前に着き、会場に案内され、
ご主人はじめご遺族にお断りして、若女将のお顔を拝見した


目のあたりに、少し疲れが溜まっているようだった
肌は、黄変していた
小さく、細くなってしまっていた
しかし、にこやかな笑顔で、静かに寝ていた


当然だが、本当に亡くなっていたのだ

同じ歳の家内が、若女将をじっと見つめている姿が、実に寂しかった

一時間足らずの式のあと、姑さんと少し話した
実は、お舅さんも昨年末に亡くなっていて、不幸が続いてしまっていたのだ

長年連れ添ったご主人に続くように、可愛いお嫁さんに先立たれて、
きっと寂しいことだろう
どうか気を落とさず、また夏に来るから元気な顔を見せてくださいと、
何の力にもならないであろう言葉しか掛けてあげられない自分が疎ましかった



道沿いのスーパーで夕飯の惣菜などを買い、家に戻ったのは夜7時半過ぎ
買ってきたもので夕飯を済ませ、30分ほど仮眠を取り、夜の9時半に帰路に付いた

帰路から望む山の上の斎場は暗かった
あそこで夜伽をするのは寂しいことだろう



来た道をそのまま辿り、やはり途中3回仮眠を取った
それでも、日が高くなってからの中央高速で睡魔に強襲され、
思えば思うほどに危ない状況に直面した
それでも何も起きなかったのは、若女将とお舅さんが守ってくれたのかもしれない

家に着いたのは、月曜日の正午過ぎ
その頃、若女将はもう骨になっていたことだろう

おかげさまで、その後、午後3時ごろ、家内は夜勤に出て行った



総走行距離は1,370km余り
向こうでの滞在時間は6時間余りだった


告別式まで出られたら、お棺に花を詰めることもできたかもしれない
冷たくなった頬に手を当ててお別れできたかもしれない

お通夜に出るためのだけに、15時間以上も車を走らせたことを、
若女将が喜んでくれたかどうか・・・

死者を悼む気持ちは、生き残った者の勝手でしかない

身勝手なようだが、
見送ることができて良かった、見送られる側も喜んでいるに違いない、
そう思って、あの、斎場のある暗い山の頂に思いを馳せた



夏に行けば、店は超繁忙期
他の一般客がいる手前、若女将やお舅さんの話は出せまい
寂しくなった店で呑む酒の味は、料理の味は、どのようなものだろうか

今でも、にこにこ笑いながら、
いらっしゃい、と声をかけてくれるように思えてならない



可愛い47歳だった



どうぞ安らかに・・・

2012年10月29日 (月)

夏旅2012 その12 <想い>

大阪万博といえば、今でも語り継がれる一大祭典だ

半年の開催期間を終えたあと、その広大な会場のほとんどが緑豊かな公園に整備され、
現在、250円の入園料で、一日のんびり過ごすことができる


この公園に初めて来たのは、高校生の頃だっただろうか?

一人で行ったこと、民俗学博物館に行ったことは覚えているし、
そのとき買った小さな記念は今も引き出しに残っているが、
なぜ行こうと思ったのか、現地までどのような手段で行ったのか、
そこのところをまるで覚えていない


次に来たのは、一昨年である

そのときの目的はただ一つ、あの『太陽の塔』だ


それまでも、すぐ脇を通っている高速道路の車窓から、何度か見たことがあった
しかし、一度でいいから間近で見たい、という家内たっての要望に応え、行ってみた

行ってみると、その、圧倒的な存在に、参ってしまった

あんなに大きくて、理解し難い形状をしているのに、
とても大きな親しみを感じる
威圧感は全くない
むしろ、近づけば近づくほど、親しみ深く感じる
大きく飛び出した両腕(?)も、その直下から見上げても全く恐怖感がない

まさに、絶妙なバランスなのだ


そして、表面の仕上の丁寧さ
白い部分は吹き付けリシンのようで目新しさはないのだが、
赤と紺の模様部分は、タイルなのだ
特に赤い部分は細かい
白い部分より若干窪んでいて
その窪みの側面まで、モザイクタイルが貼られているのだ


まさに、圧巻である

前衛的な芸術の中で、初めて、いい!と思った作品だ



そのインパクトがとても好ましく、
きっと、旅のいい思い出になるだろうと思っていたので、
10日間に亘る旅行の最後の締めくくりに、ここを選んだのである



西の駐車場に車を止め、入園してからひたすら東に歩く
うっそうとした緑の中をまっすぐ通る石畳を抜け、広い芝生公園に出ると、
塔が姿を現す


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西側からの遠望


太陽の塔の背中には、別の顔がタイルで描かれている


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月の顔、というらしい(2010年撮影)


前に回ると、見慣れたあの姿を拝める


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太陽の塔正面(2010年撮影)

今年訪れた8月19日(日)は、とても天気がよかった

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ちょっと横から(2012年撮影) この塔は、近づいて見上げるとうんといい


今回も、好印象だった

「べらぼう」なものを作る、という岡本太郎氏の想いが、
完成後、40年以上経った今でも、強く訴えかけてくる
そんな気がした


園内には気軽に立ち寄る施設は少ないし、
ここに来たのはこの塔をお見せしたかっただけなので、
売店で、園内で収穫した梅の実を使ったかき氷を食べて一服してから、
その梅を実らせた梅園や、森の中に作られた空中歩廊を歩き、駐車場に戻った

空中歩廊終端の展望台からのパノラマは、本当に素晴らしかった

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空中歩廊展望台から


公園を後にし、主に関西で展開している、「のらや」といううどん屋で昼食

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のらや箕面店。猫をかたどった食器が可愛い


うどんも、大阪名物のひとつだ
とはいえ、ここで大阪らしいうどんを食べられるわけではないのだが、
万博公園から近く、高速入り口にも近く、席が個室だったので都合がよかった

人気の度合いは知らなかったが、我々が入店した後、ずいぶん行列が出来て驚いた
そこそこ美味かったと思う


万博公園は、江坂から、新御堂筋という大幹線道路を北に走り、
千里インターチェンジで、中央環状線に右に折れればいい
ホテルから30分ほどの近さだし、道順も単純そのものだ

これほど判りやすい道程なのに、
気づいたら、なぜか、千里インターチェンジの側道に入り損ない、新御堂筋を直進してしまっていた

ボーっとしていたわけではない
散漫だったわけでもない
なんというか、狐に憑かれたような感覚とでも言えばいいのか、
とても珍しいミスだった

無論、その先の交差点で難なくUターンできたのだが、
その先に、私を呼ぶ何かがあったのだろうか?
誰かがいたのだろうか?





よく歩いて、おなかいっぱいになった同乗者は、全員すぐに寝てしまった

その眠りを妨げないよう、名神高速茨城ICから静かに帰路を走った
米原で渋滞を避けて一般道に下り、関が原古戦場を走り、
中央道から、小仏辺りの大渋滞を避けるために長野道に逃げ、
渋滞に全く巻き込まれることなく、友人宅に帰着したのは0時30分ごろだった

別れ際の「楽しかった」の一言が、今も心に嬉しい




別に夫婦だけで行くのが嫌になったわけではない
気心知れた二人なら、気楽で、のんびり出来て、まぁ最高だ

ただ、完全に、子供が出来る可能性を絶たれた夫婦にとって、
死ぬまで、どのように生きていくかは、
何を語り合わなくても、常に互いの頭と胸の中に渦巻く主題である

今は元気な姑や父も、やがて、そんなに遠くない未来に、この世を去る

そして、我々も、やがては老いて、
家内か、あるいは私が死に、どちらかが、身内のいないこの世にひとり残される

そんな浮世の虚しさ、味気なさに想いを馳せることが多くなると、
この人、と思う人と、自分にとってのいいことを分かち合う、
刹那の幸せが欲しくなるのだ


大自然を前に、無邪気にはしゃぐ5歳の少女とその両親を見ていると、
我々と違うところで生きていくこの人たちの人生に、
ほんの僅かな楽しい思い出を記すことができて、
何かを後世に残す幸せのようなものを感じることが出来た気がしている


いい滞在だった





来年はどうなるだろう

きっと、あっという間に夏が来て、
二人だとしても、誰かが一緒だとしても、あの家に行って、
地の魚や野菜を味わっていることだろう


あと30回、そんな夏をすごしたら・・・・




「夢のやうに生きて夢のやうに死んで仕舞へば夫で済む事」

幸田露伴「五重塔」より





長らくの連載、お読み頂きありがとうございました

<おわり>

2012年10月25日 (木)

夏旅2012 その11 <街遊び>

東京と神奈川出身の友人一家は、岐阜以西に行ったことがなかったそうである

それを、一気に和歌山の、それもド田舎に連れて来てしまった

無論、埼玉から和歌山への道中には、京都、大阪、奈良の三大観光名所がある
興味が湧かないほうが不自然だろう
実は、我々も、墓参り、ショッピング、馴染みの店での夕食を目的に、
必ず大阪で一泊してきたのだ

友人一家も、通天閣や道頓堀、USJに行きたいと、
大阪に並々ならぬ興味があるようだったので、
今回は、USJをとことん楽しんでもらうために、大阪で2泊した


朝、家を出て、途中、和歌山市に寄って土地のラーメンを食べ、
お決まりの、大阪郊外の江坂のホテルに着いたのは午後2時過ぎである

チェックインを済ませ、目の前の駅から地下鉄を乗り継ぎ、
まずは通天閣のある新世界へ

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地下鉄の階段を上るとこの風景。なかなかの演出

もちろん展望台に登ってビリケンさんの足の裏をくすぐるつもりだったのだが、
1.5時間以上待たされるようだったのであっさりと断念

地下鉄で引き返し、道頓堀界隈へ
日本橋駅から、風俗店の並ぶ相生橋筋に出て、有名な喫茶店へ

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有名な喫茶店「丸福珈琲店」プリンとアメリカンコーヒーがおススメ

裏通りをうろついて、法善寺横町へ

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法善寺の前にて             

その後、有名な551の蓬莱の豚饅やたこ焼きを食べつつ、
心斎橋商店街をうろうろしていると、あっという間に夜である
夕飯は、いつも行く道頓堀のがんこ寿司
お寿司が大好物という5歳の少女も喜んでくれたようだ


翌日、友人一家は朝から一日USJ

我々は、大阪郊外の高槻というところにある、親戚の墓参りへ

ここは、私の披露宴で乾杯の音頭を取ってくださった方のお墓である
惜しいことに、その僅か2年後に肝機能障害で突然亡くなってしまった
訃報を聞いて、車で夜の闇を衝いて葬儀に行った
その、大阪人気質あふれる人柄に惚れて乾杯を頼んだだけに残念で、
どうしても、手を合わせに行きたくなるのだ


車をホテルに戻し、改めてミナミの繁華街に遊びに行く
今回は、なんばから、初めて黒門市場を歩いてみた

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なんばグランド花月の東に広がる大阪の風景

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黒門市場の入り口の一つ

内部の印象は、古き佳き商店街である
セリをするような市場ではないようだ
季節柄、そして土地柄、立派な鱧(はも)がたくさん売られていた

一軒の肉屋で、その場で揚げたメンチカツを買って齧ったが、
揚げ物に弱い私でも、胸焼けしないカツだった



この夜は、滞在最後の夜である

最後の夜を締めくくるべく、
亡くなった祖母とよく行った、イタリア料理店に予約を入れておいた

ここは気さくなご主人が友人のように接して下さる、なんとも居心地のいい店で、
とてもリッチな気分と美味い料理を味わえるのだ

ただ、店は祖母が住んでいた豊中市にあって、ちょっと不便なので、
ミナミの繁華街と、この店のほぼ中間である江坂という街のホテルを選んでいるのだ


15年以上前、イタリアに行く私に、ご自身が修行したお店を紹介してくださり、
本場の食事の楽しみ方を教えてくれたのが、ここのシェフ

それまでは、店の雰囲気に緊張して、味さえもわからなかった私も、
イタリアから帰ってきた後は、すっかり気軽に楽しめるようになり、
祖母と何度も閉店まで飲み食いし、シェフともいろいろと話をした

我々如きを、とても大切にしてくださっているのだ

そんな我々も、今回、友人一家をご招待するところまで辿り着いた

祖母は亡くなって、家も引き払って、
今となっては、わざわざ宿を取らないと来られないのだけれど、
長年の思い出が詰まった、必ず来たくなる店なのだ



いつものように、コースを基本としながらも、
食いしん坊の我々の要望に柔軟に応えて頂き、
各々好きなものを取り分けて食べられるよう、
殆どパーティーメニューのようにしてくれた

友人ご夫婦にも喜んでいただけたようで、
下戸なのに、白ワインも、赤ワインも口をつけて味わっていたのが嬉しかった

昨夜は旺盛に寿司を食べていた5歳の少女はというと、
朝から一日遊んでさすがに疲れたかして、席に着くと同時にすっかり寝てしまった

そして、とても気持ちよさそうに、最後まで夢の中だった


それも、いい思い出かもしれない


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移転して一年の「リストランテ・チェレスティーナ」

2012年10月12日 (金)

夏旅2012 その10 <観光>

白浜までの国道42号は、地方都市を辿る典型的な市街道路だ

しかし、白浜の外れにある「ここから急カーブ連続」という道路標識の先は、
一気にその様相を変え、海岸を縫うルートになる

その潮岬までの約60kmは、枯木灘と呼ばれる海岸風景が本当に素晴らしい区間だ

同時に、寒村が点々と散在するだけの寂しい区間でもあり、
日置、周参見という街がそれなりの大きさで存在するだけである

うちのある集落は、別荘マンションが建ち並ぶ様こそたいそうに見えるのだが、
定住人口は700人あまり、世帯も400戸弱の、そんな寒村の一つである


つまり、白浜は、大阪方面からの最後の都市らしい都市だ
おまけに、自然にも恵まれ、観光施設や名所も充実している

温泉や景勝地のほかにも、ゴルフコースもあるし、
行くこと自体が目的になり得る巨大な土産屋もある

そんな中で、レジャー施設として高名なのが、アドベンチャーワールドだ


ここは、サファリパーク、マリンパーク、遊園地をミックスした民間施設で、
特に、パンダの自然繁殖で有名だ


今回は5歳の少女が一緒だっただけに、ここは外せなかった


ちなみに、家内と二人だけで滞在するときには、まず行かない

理由はいろいろある

のんびりしに行っているのだから、わざわざ疲れに行こうと思わない

とか

動物園にさほど興味がない

ということもあるが、なにより、入園料が高いのが最大の理由だ

駐車料金と合わせれば、行くだけで1万円近く掛かってしまう
一度など、駐車料金を払って入場したものの、
チケット売り場の料金表を見ただけで引き返したものだ

ただ、ここには夏季限定の割安チケットがある

夕方5時ごろ以降の入園に制限されるのだが、
パンダやペンギンなどの海生常設、サファリ、陸生常設をひとめぐりしても、
明るいうちにひと巡りできる
日差しも和らぐので、屋外を巡る施設にはもってこいの時間帯だ


そして、行けば行ったでそれなりに楽しめてしまうから困る


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水の中を飛ぶペンギンの間抜けな立ち姿とか、ただだらしないパンダだとか

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異常に目つきの悪い熊だとか、信じられないほどに小顔メイクのマーモセットとか

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ひたすら金網を噛んだままのカピバラとか、統率の取れていないアヒルの行進とか


ここは、パンダが生まれるたびに全国レベルのニュースになるから、
5歳の少女も、そんなニュースを見るたびに思い出してくれることだろう


2012年10月 6日 (土)

夏旅2012 その9 <旅中旅>

この家からは、一日かけた日帰りで、いくつかの観光地に行ける

今年は、母が亡くなって三回忌にあたる年なので、高野山に行って回向することにした

うちは、高野山派の真言宗なのだ

真言宗でもない友人一家を、よその家の法事に付き合わせるのは気の毒だが、
高野山は一つの観光地だし、遠くてなかなか来れないところだから、
昼食も兼ねてお誘いしたら、興味津々の二つ返事で参加してくれた

街全体が宗教施設と言ってもいい高野山だが、宗教色は感じない
これが1,200年の伝統なのだろう



家から高野山までは2つのルートがある

一つは、山の稜線を辿るもので、
標高1,200mから紀伊山地を360度見渡せるその車窓が素晴らしく、
高野山に行くときは毎回この道を使っていた

ただ、今回はあいにくの悪天候で視界が全く期待できなかったうえ、
勾配もカーブもきつい道で車酔いにでもさせてしまったら元も子もないので、
今回初めて、高速道路を使うルートを試してみた

家から田辺ICまで45分、そこから和歌山ICまではちょうど一時間
高速を下りて、国道24号を東に小一時間進んだところで、
紀の川万葉の里という道の駅に着いた


この先、山道に入るので、ほんの一服のつもりで立ち寄ったこの道の駅
周辺が果物の特産地のようで、桃やぶどう、梨などがたくさん売られていて、
どれも美味しそうでかなり安かったから、幾つか買って帰ってから食べたが、
どれも本当に美味かった

トイレは小さいが、駐車場は広く、
他にも美味しそうな農産物やその加工品がたくさん売られていて、
おススメの道の駅だ


雄大に聳える紀伊山地の北斜面を豪快に駆け上る国道480号は、
勾配こそきついものの、カーブはゆるく、割と走りやすい道だった
ただ、国道370号に接続してからは、勾配こそさほどではないものの、
カーブが細かく連続する狭い道で、かなり走りにくかったが、
幸いなことに、10km程度と距離が短かくて助かった
線形改良工事があちこちで進められていたので、
次に走るときは、随分と走りやすくなってるかもしれない

そのくねくね道は、目の前に突然真っ赤な大門が見えたところで終わる

そこから先3km余りが、高野山の街だ

ちょうどお昼だったので、まずは本山に行く
お昼ご飯に寺の精進料理を出してもらうよう、事前に連絡してあるのだ

うちの本山は、ちょうど街の中心にある普賢院である

寺に入ると、僧侶が応対してくれる
事前に連絡してあったので、すぐに奥の応接まで通され、お茶とお茶菓子でもてなされた

やがて、過去帳を持ってきてくださり、母の戒名を確認すると、
いよいよ本堂に通され、案内されるままに、くすんだ緋毛氈の上に座る

既に、御簾の中には僧侶が5~6名ほど座っていて、
やがて、厳かに高らかに、なにやらの経を唱え始めた

私は、この読経の響きが好きだ

宗教についてはほぼ無知だが、
香の漂う薄暗い本堂で、多くの僧侶が、我々のためだけに、
美しい合唱を奏でてくれる
ありがたいことだ

母とも何度か来たこの本堂に、遥々埼玉から来て焼香までしてくれた友人一家を、
きっと喜んでくれるだろうと思う

やがて、御簾から三方に乗せられたお供物が下される
お供物は、お守り、葛湯、お香、数珠といったもの。お守りは、人数分下さった
受け取った代わりに、御布施を乗せ、三方をお返しする
読経は続いているが、案内役の僧侶に隣接する祭壇に導かれ、
阿弥陀如来と不動明王の真言を唱えたのち、少し離れた広い一室に通された

既に、精進料理があらかた用意されている

座って待っていると、修行僧が残りの料理を運んでくれて、
お茶を淹れてから、ごゆっくりお召し上がり下さいとだけ言い残して出て行った

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事前に依頼しておくことで供される精進料理

これが、なんとも美味い

葛をたっぷり使ったねっとりとした食感の胡麻豆腐
軽く焼いて田楽味噌を乗せたもちもちの生麩
出汁の染み込んだ高野豆腐の煮物
もずくと酢茎の酢の物、喉越しを楽しませる素麺などなど
品数も多く、目にも楽しい

寺坊の広い一室を借り切って、時間を気にせずのんびり味わえて、
大人一人2,700円が高いか安いか・・・・・・・・

食事中、一度だけ僧侶がやってきて、
三つ折の奉書紙に筆で豪快に書いた御布施の受け取りの証文と、
別の場所にある、奥の院に収める経木の位牌を渡してくださった

総本山金剛峰寺と街並みを見物し、奥の院に足を伸ばす
経木を収め、歴史上の有名人の供養塔を面白く眺めつつ、
お大師廟堂までお参りし、世界平和と友人の病気平癒を祈ってきた

友人の亡き父上は、軍艦長門の乗組員だった
私の祖父は、その僚艦、陸奥の機関兵だった
陸奥が爆沈したとき、亡き父上もその救援をしたそうだ
残念ながら、祖父はその際に戦死している
その慰霊塔が、参道に建っている
刻まれている祖父の名前を見ていただいた
この友人とは、不思議な縁で結ばれているようだ

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奥の院。この奥がお大師廟堂

興味深い宗教儀式を当事者として体験し、
美味しい食事を楽しみ、
風変わりな墓石を眺めるといった、
まるっきりの観光旅行の体だったが、
帰りも同じルートを戻り、家の近くまで戻るまで、
幸いにも、雨に降られずに済んだし、
お参りして一ヶ月以上になるが、その間に友人の病気も落ち着いた


それの功徳というのなら、供養というのも悪いものではない



2012年10月 5日 (金)

夏旅2012 その8 <海>

西側の庭は崖に面していて、そこには小さな門がある

その門には、岩肌をはつった50段の石段が取り付いている

崖は割合と脆く、地震があるとこんな感じで崩れてしまう

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モルタル舗装の石段道を阻む落石

この石段を降り切ると、磯だ

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沿岸だが、ここの海は綺麗だと思う

この磯には、うちを含めて3軒が面している
磯に下りる階段を持っているのはうちともう1軒だけで、
残りの1軒は、うちの階段を使っている

そのぐらい、行きにくい場所なので、その他の人はなかなか辿り着けない

いわば、プライベートビーチだ

水深は5mも無いので、ぷかぷか浮かんでいるだけで、
海底や岩肌に泳ぐ、大小色とりどりの魚を見ることができる
岩肌には、地味な種類だが珊瑚も貼り付いている
鮮やかな色のイソギンチャクが揺らめき、小さなくぼみには、ウニがぴったりと納まっている
岩の隙間には、鋭利な殻を持つ貝やフジツボが並んでいる
あちこち泳ぎ回りながら、そんなものを見ていると、
あっという間に時間が過ぎていく

泳ぎ疲れて波打ち際に座れば、小さな貝やヤドカリ、エビが遊びに来る
ヤドカリやエビは人間のふやけた肌が好きならしく、
傷跡や虫刺されの跡などを見つけては、小さなハサミでつっついてくる

それが結構な力で突っつくものだから、かなり痛い
容赦なく払いのけても、しばらくするとまた集ってくる

5歳の少女は、そんな小さな貝を集めては、海に返していた




海の中は毎年状態が違って、
海草がよく茂って魚も多い年があると思えば、
酷く枯れて、魚も少ない年がある

なにが原因なのかはわからない

ただ、このあたりには下水道が整備されていない
そして、多くの家が、汚水だけの浄化槽しか持ち合わせていない
つまり、台所や風呂などから出る生活雑排水は垂れ流しなのだ

幸い、この磯に面する家々の殆どはほぼ一年空き家なので、
生活排水の量は少ない

しかし、海を泳ぐと、排水による汚染が無いかと気になるものだ

気休め程度かもしれないが、洗濯には環境配慮型の洗剤を使い、
石鹸・シャンプー・リンスは自然由来のものを選ぶなど、それなりに気を遣っている

配管も、汚染が直接海に入り込まないよう、
排水をいったん地盤に染み込ませる配慮がなされている



時には、アオリイカの家族や、うるめいわしの群れ、
タコやエイなんかも見ることができるこの磯が、
いつまでも綺麗でいてくれるよう、僅かでも配慮をしたいと思う

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