文化・芸術

2012年12月20日 (木)

深すぎるニューカルチャーへの畏怖心

ニコニコ生放送というものを見るようになって、ほぼ一年になる


このサービスが誕生したのが2000年代半ばということもあってか、
利用している中心世代は、20代~30代といったところのようだ

それはつまり、40代の私との間に、
明白なジェネレーションギャップがある、ということでもあった


しかし、そこはネット特有の匿名世界
若い世代に混ざって、歳を忘れてそれなりに楽しんできた
自分にとっても、新しい交友の世界が無限に広がっているように見えたし、
それは、久々に触れる、若々しくて明るい、桃源郷のような情景だった
そして、手を伸ばせば、すぐにでも触れられそうな近さだった


実際、仲が良くなった人もいたし、直接お会いした人もいた
その一方で、せっかく仲良くなったのに、短期間で縁が切れてしまった人もいた

こちらが原因のこともあったが、相手が突然消えてしまうことも多かった


いずれも、ネット特有の目まぐるしい不思議な人間関係だが、
なにより増して不思議だったのは、
仲良くなった人たちに対してさえも感じた、
なんとも表現しようのない距離感だった


それは、今までに経験したことの無い種類の不思議な感覚だったが、
今から思えば、それこそが、危惧していたジェネレーションギャップだったんだと思う



私の後の世代は、まさにネット世代である
あるいは、一歩進んで、ネットの力が構築した、
深く巨大なサブカルチャー世代と表現してもいいかもしれない


私は、ネットにこそそれなりに染まっているが、
深淵化したサブカルの世界を実体験したことはなく、
それに関する知識はまったく無いと言っていいのだが、
ニコニコで生放送している人々の多くは、
まさに、そこにどっぷりと浸かっているかのような印象だった

ただ、殆どの人には、一見してそのような面は見えなかった

私のように、本来お門違いな人間に対しても、
フレンドリーに会話を交わしてくれるし、
普通に交流できそうに感じられる人ばかりだった


しかし、そのような一面が垣間見えた瞬間、
近づき難いような、あるいは手に負えないような一種の畏怖心を抱くことになった


そんな感覚を抱いてしまうと、
それまで感じていた、親しげで楽しく温かな感触は薄れ、
話のわからない人間が一人混ざってしまったときに感じるような、
茫漠とした寂寥感と居心地の悪さに襲われた

そして、ふと気付けば、
それまで抱いていた、すぐそこにあるかのような温かい実在感はなくなり、
はるか遠くて手の届かない、冷えた虚実の世界に感じられた



ニコニコは、そんな場所だった



ニコニコに接する当初の目的は、
教え子である大学一年生が、大きな興味と関心を寄せるカルチャーについて、
実際に接して、学生たちをより深く理解することだった
その目的自体は、かなりの実感を得られ、意義も大きく達成されたと思うが、
もし、4月に対面する彼ら、彼女らの多くが、
そのような面を持ち合わせているのだとしたら・・・・
あるいは、もう既に教えてきた学生たちがそうだったのだとしたら・・・・
なんだか、強い怖さを感じずにはいられない



これからも、自宅勤務の寂しさを紛らわす楽しみの一つとして、
利用し続けようとは思っているし、
せっかく築けた交友は、私にとって宝だと思っている


だが、なんとなく抱いていた、
自分にとっての新しい世界が広がっているといった、
願望じみた幻想は捨てようと思う



私とは、世代も趣味性も、あまりにも違いすぎたのだ




彼ら彼女らが時代の主役を担う頃、
社会はどのような方向で動き出すのだろうか




もはや、私の想像力では、そこまで追いつけなくなったようだ

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