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2013年5月 1日 (水)

人の命の儚さ

土曜日の朝

週末の朝陽を嬉しく浴びていると、珍しく家内もやってきて、
整備したオーディオから流れる音楽を二人で楽しんでいた

しばらくすると、静養で、和歌山の家に滞在している父から電話が掛かってきた
私が、毎年夏に帰省して滞在する家だ

父は、声に感情がモロに出る

なにか好からぬことがあったなと、すぐにわかった

しかし、その内容は、心の準備をはるかに超える衝撃的なものだった



集落の中の、仲良くしている店の若女将が亡くなった、とのことだった



去年の夏にも、友人一家と一緒にこの店で夕飯を食べた
そのときの若女将は、多少疲れた表情で、口数も少なかったが、
にこにこと愛想を振りまいてくれていた

それから僅か8ヶ月での癌死だった


若女将は、家内と一緒に和歌山に行くようになった2年ほど後に嫁いできた
笑顔のとても可愛い人で、ちょっと内股でペタペタ歩く姿が愛くるしかった

他のお客さんがいなくなってから、立ち入った話をしていたら、
なんと、家内と同じ歳ということがわかり、一気に打ち解け、
以来、毎夏、ちょっとしたお土産を持参したりと、小さな交流を持つに至った

滞在中だけのお付き合いで、それ以上の交流は無かったのだが、
毎年、彼女の笑顔を見るのは我々の大きな楽しみだった
それに、土地勘の無い家内にとって、こうした知り合いが出来るということは、
1つの安心だったようだし、また喜びだったに違いない



そんなわけで、父からの電話を一緒に聞いていた家内は、絶句してしまった


どうする?
遠いけど、お別れしに行くか?


電話のあったのは土曜日の朝
お通夜は日曜日で、告別式は月曜日だが、
家内は、月曜の夜勤を休めないから、出られるのはお通夜だけである

スケジュールを考えると、交通手段は車しかない

かなりの強行軍になるが、若女将が亡くなったのはあまりに残念で、
ある意味、嘘であってほしい、という願望も幾らかあり、行くことにした



土曜の夜9時半に家を出て、実家に立ち寄り、父の礼服を引っ張り出し、
圏央道、中央道、名古屋高速、東名阪道、名阪国道、西名阪道、阪和道を辿った
夜通しの長時間運転を考慮して、途中3回、仮眠を取り、
南紀田辺ICに着いたのは日曜日の昼1時前だった

いつも行く割烹レストランで昼食を済ませる
沓海老、鯵寿司、ひとはめ・・・
こんな時でも、海沿いの街の魚料理は美味い

午後3時ごろに家に着き、仮眠を取ってから、身だしなみを整え、
午後6時からのお通夜に行くため、家を5時ごろ出る

開式の30分前に着き、会場に案内され、
ご主人はじめご遺族にお断りして、若女将のお顔を拝見した


目のあたりに、少し疲れが溜まっているようだった
肌は、黄変していた
小さく、細くなってしまっていた
しかし、にこやかな笑顔で、静かに寝ていた


当然だが、本当に亡くなっていたのだ

同じ歳の家内が、若女将をじっと見つめている姿が、実に寂しかった

一時間足らずの式のあと、姑さんと少し話した
実は、お舅さんも昨年末に亡くなっていて、不幸が続いてしまっていたのだ

長年連れ添ったご主人に続くように、可愛いお嫁さんに先立たれて、
きっと寂しいことだろう
どうか気を落とさず、また夏に来るから元気な顔を見せてくださいと、
何の力にもならないであろう言葉しか掛けてあげられない自分が疎ましかった



道沿いのスーパーで夕飯の惣菜などを買い、家に戻ったのは夜7時半過ぎ
買ってきたもので夕飯を済ませ、30分ほど仮眠を取り、夜の9時半に帰路に付いた

帰路から望む山の上の斎場は暗かった
あそこで夜伽をするのは寂しいことだろう



来た道をそのまま辿り、やはり途中3回仮眠を取った
それでも、日が高くなってからの中央高速で睡魔に強襲され、
思えば思うほどに危ない状況に直面した
それでも何も起きなかったのは、若女将とお舅さんが守ってくれたのかもしれない

家に着いたのは、月曜日の正午過ぎ
その頃、若女将はもう骨になっていたことだろう

おかげさまで、その後、午後3時ごろ、家内は夜勤に出て行った



総走行距離は1,370km余り
向こうでの滞在時間は6時間余りだった


告別式まで出られたら、お棺に花を詰めることもできたかもしれない
冷たくなった頬に手を当ててお別れできたかもしれない

お通夜に出るためのだけに、15時間以上も車を走らせたことを、
若女将が喜んでくれたかどうか・・・

死者を悼む気持ちは、生き残った者の勝手でしかない

身勝手なようだが、
見送ることができて良かった、見送られる側も喜んでいるに違いない、
そう思って、あの、斎場のある暗い山の頂に思いを馳せた



夏に行けば、店は超繁忙期
他の一般客がいる手前、若女将やお舅さんの話は出せまい
寂しくなった店で呑む酒の味は、料理の味は、どのようなものだろうか

今でも、にこにこ笑いながら、
いらっしゃい、と声をかけてくれるように思えてならない



可愛い47歳だった



どうぞ安らかに・・・

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