« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

2013年3月18日 (月)

梅花見

花見と言えば愛でるのは桜が普通だろうが、
青梅梅郷まで小一時間の距離に住んでいるうちにとって、
花見といえば梅である

寒さも緩んだこの時期、バイクの初乗りを兼ねて、
家内を後ろに乗せて出掛けるのだ

この2年、仕事や震災の影響で行けなかったのだが、
今年(2012年3月16日)、3年ぶりに行ってみた

雲ひとつ無い絶好の花見日和
青梅の街に入ると、梅の咲くのが遠目近目に鮮やかに見えてくる
道沿いに咲いていれば、ヘルメットの中にまで、梅の香りが漂ってくる

梅というのは、本当にいい香りだ

桜と違って、香りが楽しめるのが、梅の花見の良さである

青梅の梅の中心地は、青梅梅林というところで、
一帯は公設私設の小さな梅林があちこちに散在している
それぞれの梅林に、出店や屋台が開店していて、
おでんなどのちょっとした食べ物や飲み物を販売しているので、
それを買って、梅の下にシートを広げて、
思い思いのひとときを過ごすことができるのだ

毎回うちが行く決まりの場所も、そういった小さな梅林だ


毎年、混雑しているはずの道を迂回して中心街に近づいたが、
今年はどうも道が混んでいないようだし、
いつもの駐車スペースも、まだまだ余裕があった

腑に落ちないままバイクを置き、その梅林までの少々の距離を散歩する


道々の梅はほどほどに咲いている

住宅街に入ると、チェーンソーの音が響いている
庭先の、綺麗に咲いた白梅を、数人の人が伐採しているのだ
なんと勿体ない、と思っていると、
道に置かれた小さな黒板が目に入った

そこには、白墨で「PPV対策」と書かれている
PPVというのは、何年か前に私も知った、梅の病気だ

青梅の梅も感染してしまったのか、と思いつつ、
いつもの公園に向かうと、途中の天神様の境内の梅も無い

公園が近づいて目に入ったのは、3年前まで梅林だったはずの、
梅の樹一本も生えていない、変わり果てた公園だった


これはおかしい


様子を探るべく、その先に行ってみたが、
ピクニック感覚でシートを広げ、梅と青空と春の暖かさをのんびり楽しめる、
多くの私設梅林の梅が、軒並み伐採されていた

それに落胆したのか、梅林の所有者が経営する出店も閉店しているし、
植木などのみやげ物を販売している民家にも、心なしか寂しさが漂っていた

その店先で配布されている案内チラシには、
青梅の梅のPPV感染が、2012年12月に確認され、
25,000本もの梅を伐採せざるを得ず、
今年の青梅は大変寂しくなってしまったが、変わらぬご愛顧を、
といった旨の注記がなされていた


やはり、そうだったのか・・・道も空いているわけだ


病気である以上致し方ないし、
伐採を決めた関係者も、実際に梅の古木を大量に伐採した作業員も、
断腸の思いだっただろう

PPVの対策がなされ、再度健康な苗木が植樹されて、
また、梅林が散在する青梅に、一年でも早く戻って欲しい

梅が無くなって、さっぱりとしてしまったいつもの公園で弁当を広げ、
春の陽射しと青空と、数少なくなった梅が漂わせる香りを楽しみながら、
そんなことを思いつつ、土曜日の午後をゆっくりと過ごした


見慣れた者の目から見ると、そんな今年の青梅はなんとも寂しい光景だが、
一見さんなら、今年の青梅も見応えはあるだろう

少なくなったとはいえ梅はあちこちに咲いているし、香りは十分楽しめる
それに、観光客が少ないおかげで、静かにのんびりと過ごせるのは確かだ

今年は、気の持ちようによっては狙い目かもしれない


そう。春のピクニックと思えば


745274252
もと梅林の公園。いつかまた梅林に戻ってほしい

2013年3月11日 (月)

工芸品の修理に想う

ずいぶん前、近所の催事場で、工芸展が開かれていた


それを覗いて帰ってきた両親が、私に、

いい酒道具があったから、見てくるといい

と、その工芸士の名刺を渡して言った

名刺には、錫工芸中村光山とあった


その当時、私はまだそれほど工芸品に興味はなかったので、
正直なところそれ程乗り気ではなかったのだが、
付き合い始めて間もなかった今の嫁とのデートとして行ってみることにした


家具や宝飾品など、多くのコーナーが展開する広い会場の一角で、
物静かな初老のご主人が番をしている

名刺の中村光山氏だ

両親に奨められたのは、熱燗をつけるための「タンポ」という、
シンプルな酒器である

錫は程よい光沢を放つ美しい金属だ
その地肌を生かしたタンポは、実に重厚で強い存在感があった
1合、1.5合、2合のものが並んでいたが、
実用品としてみれば、1合はいささか小さすぎ、2合はあまりにも大きかった
その中で、1.5合はデザインも一番バランスが良かった

光山氏とお話をして、そのタンポを持たせて頂いた

さすがは錫の無垢だ。ずっしりと重い

姿も、シンプルで非常に美しかった

ただ、さすがにいい値段で、正直すんなりと買えるような代物ではなかったが、
ちょっと値は張るけど一生物だぞ、という父の一言と、
せっかくだから買えば、と勧める嫁に後押しされ、
中村氏から、生意気にもその1.5合のタンポを買い求めたのが10年ほど前のことだ


中村氏は、その数年後、現代の名工に選ばれ、黄綬褒章を授けられた

とんでもない人から買ったものである



そのタンポの持ち手が柔らかくなったのが、去年の今頃だった


買った時に頂いた名刺を頼りに問い合わせると、
修理は可能で、大体の費用もお教え下さった

郵送すれば修理を承るとのことだったのだが、多忙とものぐさにかまけて、
一年が経ってしまった

そんな折、先日も記事にしたが、ナビを交換したのを機に、
その動作と性能の確認を兼ねて、埼玉の川口にある工房に行くことにした

川口と言えば鋳物である

が、優秀なナビに誘導されたのは、
川口から想起されるイメージを完全に打ち破る住宅街の中の一軒だった
しかし、そこには確かに工房があった

アポなしで行ったのが災いし、中村氏は不在だったが、
こちらはそれでも全然構わなかった
奥様らしき方にタンポを託し、その日はそのまま帰宅した


タンポは、概ね3週間ほどで、見違えるように綺麗になって戻ってきた


箱には、新しい名刺と能書が入っていて、
そこには、同じ中村姓でも別の名が刷られていた
メールアドレスも併記されている

お礼のメールを送ると、返信を頂いた

そこには、黄綬褒章の中村氏が、8年前に他界されていたとあった

修理をして下さったのは、後をお継ぎになったご子息だそうで、
ご子息が、お父上の手で作られたタンポを修理して下さったわけだ

親子の合作など、大作でもない限り、なかなか手に入れることができない
早くにお亡くなりになったこともあって、先代の中村氏との合作は、
皇室にお納めした水差し一品だけだったそうだ

それが、修理が必要になったおかげで、
私のタンポが、親子の合作の一つになったのだから、感慨深い


まだ69歳という年齢での先代さんの他界は、職人としてはあまりに惜しい

しかし、ちょっと凄みを感じるほどに磨き込まれて戻ってきたタンポを見て、
先代さんが、しっかりとした後継ぎをお育てになったことがよくわかる

これで、このタンポも、10年以上何事も無く使い続けられるだろう
いや、今回の修理で、オリジナルより持ち手が強化されたので、
なにもなければ20年は無事に過ごせるかもしれない


その頃は、きっとまたその次の世代に継がれているかもしれない


10年前に買ったとき、そのタンポは23,000円だった
今回、持ち手の交換、籐巻き、総磨き、送料全て込みで、修理代は4,000円だった

単に酒器として、23,000円は今でも私にとって高価だが、
10年後に、こんな良心的な価格で修理して頂けて、
ひとしおの感慨まで抱けるとは思ってもいなかった


こういったことが、物が単に長持ちする、という事にも増す、
一生物、ということの本質なのかもしれない


錫の酒器は酒を美味くする、と云われている
それについては、私にはわからない
が、このタンポを使うと、実に気分良く酒が飲めることは確かだ


見事な修理をして下さった後継ぎの圭一氏に深謝すると共に、
先代、中村光山氏のご冥福をお祈りいたします


Sp1030575
光山氏作の胴と、後継ぎ圭一氏作の持ち手。親子の合作

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

フォト
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ