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2012年12月

2012年12月30日 (日)

黒豆を炊く'12

2013年版はこちら



今年も、黒豆を炊いた

昨年や、一昨年と全く同じ手順だが、使用材料と時系列を記録しておく

鉄鍋:容量5リットルのステンレス鍋

黒豆:但馬篠山小田垣商店の但馬黒大豆飛切(250g)を2袋

砂糖:日新製糖株式会社の『きび砂糖』を420g
煮水:トリハロメタン高除去の浄水器を通した水道水を2.3リットル
醤油:キッコーマン特選丸大豆醤油を50ml
食塩:伯方の塩を小さじ1
重曹:小さじ1

古釘:数本
釘袋:ティーバック用の不織紙
落蓋:クックパー


12月28日午後11時00分

鍋に水を入れて強火で沸かす

同時に、黒豆を水洗いする
皮を傷つけないように
今年の豆も去年同様泡立ちと濁りが多めに出て、洗い水を3回交換した

洗い上がった黒豆は、ザルに揚げておく

ザルに揚げるとすぐに黒皮に皺が寄るが、問題ない
ただ、皮が破れないように、丁寧に扱う


12月28日午後11時30分

鍋の湯が沸いたので、調味料すべてを投入して火を消す
重曹の泡立ちが収まったところで黒豆と古釘を投入する
鍋に蓋をして、そのまま一晩放置する


12月29日午前10時00分

蓋を開け、鍋を中火に掛ける

12月29日午前10時30分

表面に泡(アク)が浮いてくるので、泡すくいでアクを取る
沸きそうになったところで、1カップの差し水を注ぐ
これも、浄水器を通した水道水

泡を取り続ける

再度沸きそうになったところで、再度1カップの差し水
ここで大きな泡が出るので、同様に取ると泡がほぼ落ち着く


12月29日午前11時00分

泡が落ち着いたところで、火を最弱火に弱め、
クックパーの落し蓋をし、鍋に蓋をする

これからこの火加減のまま、6時間以上の煮込みに入る

今年は、時折、若干強めの弱火を当ててみた


12月29日午後06時00分

火を落とし、人肌に温めた新聞紙でくるんで断熱し、徐冷に入る


12月30日午前10時00分

開封

例年に比べると若干薄めの色合いで、茶色っぽい
実に柔らかい仕上がりで、黒皮はぴんぴんに張っている
黒皮が破れている豆もあるが、めくれてしまっている豆は無い

つゆは漆黒で透明感がある
例年のように、皮の破けた豆も取り除かず炊いたのだが、
農産物ゆえに個体差の問題もあるのかもしれない
味は例年よりコクがある
これは若干強い火で炊いて煮詰まりが進んだからだろう


12月30日午前10時30分

つゆを別の鍋に取り、煮詰める
つゆの濃度を優先して豆を入れたまま煮詰め続けると、たぶん焦げ付くので、
このように別に煮詰めるといい




黒豆を炊き続けて10年
何をもって成功とか失敗とかいえばいいかはわからないが、
毎回、柔らかく、皮がピンと張った黒豆が出来上がっている


黒豆作りのコツは、

・ゆっくり時間を掛けて煮ること
・煮終わったら完全に冷えるまで急冷させないこと
・特に蓋は絶対に開けないこと

これに尽きる



これさえ守れば、ちゃんと美味い黒豆が出来上がる


ぜひ挑戦して頂きたい



Sp1030556_00
今年の黒豆です

2012年12月20日 (木)

深すぎるニューカルチャーへの畏怖心

ニコニコ生放送というものを見るようになって、ほぼ一年になる


このサービスが誕生したのが2000年代半ばということもあってか、
利用している中心世代は、20代~30代といったところのようだ

それはつまり、40代の私との間に、
明白なジェネレーションギャップがある、ということでもあった


しかし、そこはネット特有の匿名世界
若い世代に混ざって、歳を忘れてそれなりに楽しんできた
自分にとっても、新しい交友の世界が無限に広がっているように見えたし、
それは、久々に触れる、若々しくて明るい、桃源郷のような情景だった
そして、手を伸ばせば、すぐにでも触れられそうな近さだった


実際、仲が良くなった人もいたし、直接お会いした人もいた
その一方で、せっかく仲良くなったのに、短期間で縁が切れてしまった人もいた

こちらが原因のこともあったが、相手が突然消えてしまうことも多かった


いずれも、ネット特有の目まぐるしい不思議な人間関係だが、
なにより増して不思議だったのは、
仲良くなった人たちに対してさえも感じた、
なんとも表現しようのない距離感だった


それは、今までに経験したことの無い種類の不思議な感覚だったが、
今から思えば、それこそが、危惧していたジェネレーションギャップだったんだと思う



私の後の世代は、まさにネット世代である
あるいは、一歩進んで、ネットの力が構築した、
深く巨大なサブカルチャー世代と表現してもいいかもしれない


私は、ネットにこそそれなりに染まっているが、
深淵化したサブカルの世界を実体験したことはなく、
それに関する知識はまったく無いと言っていいのだが、
ニコニコで生放送している人々の多くは、
まさに、そこにどっぷりと浸かっているかのような印象だった

ただ、殆どの人には、一見してそのような面は見えなかった

私のように、本来お門違いな人間に対しても、
フレンドリーに会話を交わしてくれるし、
普通に交流できそうに感じられる人ばかりだった


しかし、そのような一面が垣間見えた瞬間、
近づき難いような、あるいは手に負えないような一種の畏怖心を抱くことになった


そんな感覚を抱いてしまうと、
それまで感じていた、親しげで楽しく温かな感触は薄れ、
話のわからない人間が一人混ざってしまったときに感じるような、
茫漠とした寂寥感と居心地の悪さに襲われた

そして、ふと気付けば、
それまで抱いていた、すぐそこにあるかのような温かい実在感はなくなり、
はるか遠くて手の届かない、冷えた虚実の世界に感じられた



ニコニコは、そんな場所だった



ニコニコに接する当初の目的は、
教え子である大学一年生が、大きな興味と関心を寄せるカルチャーについて、
実際に接して、学生たちをより深く理解することだった
その目的自体は、かなりの実感を得られ、意義も大きく達成されたと思うが、
もし、4月に対面する彼ら、彼女らの多くが、
そのような面を持ち合わせているのだとしたら・・・・
あるいは、もう既に教えてきた学生たちがそうだったのだとしたら・・・・
なんだか、強い怖さを感じずにはいられない



これからも、自宅勤務の寂しさを紛らわす楽しみの一つとして、
利用し続けようとは思っているし、
せっかく築けた交友は、私にとって宝だと思っている


だが、なんとなく抱いていた、
自分にとっての新しい世界が広がっているといった、
願望じみた幻想は捨てようと思う



私とは、世代も趣味性も、あまりにも違いすぎたのだ




彼ら彼女らが時代の主役を担う頃、
社会はどのような方向で動き出すのだろうか




もはや、私の想像力では、そこまで追いつけなくなったようだ

2012年12月11日 (火)

想いと躊躇い

ふと思い出す、学生時代のやりとりがある


それは、化学の実験中のことだった


その実験は二人一組で行うもので、その相方になったのは、たまたま同じ歳のYだった

私は大学に入るのが人並み以上に遅く、同じ年齢の同級生はYだけだった
それだけに、Yにはちょっとした親近感を抱いていた
しかし、Yは帰国子女で、独特の気高い雰囲気があり、
必要以上のことを話すには勇気の要る相手でもあった


実験は、まぁまぁの結果を出せたのだが、
それは、若干気になる点が残るプロセスだった

私としては、その点をクリアにするための再実験をしたかったのだが、
Yのその気高さに気後れして、なんとなく、言い出せずにいた

しかし、やはり再実験しておきたかったので、
実験器具を片づけはじめていたYに、思い切ってそのことを提案してみた


すると、Yはこちらに顔を向け、意外にも、

「実は俺も同じことを思ってたんだ。
そういう細かいところが気になるのは俺も一緒だから嬉しい。再実験しよう」

と言ってくれたのだ


そのときの、腑に落ちた感は実に爽快だった


再実験は、お互いの気力も目的もはっきりしているだけに当意即妙
実にスムーズに進められ、データも満足のいくものを得られた




決して間違っていない提案であっても、
相手が、どうせ面倒臭がるだろうとか、迷惑がるだろうとか、そう思い込んで、
呑み込んでしまうことは、今でも多々ある


今年は、ネットで繋がった、名前も知らない知人が増えた

そして、ネットの向こうで、その名前すら知らない知人が、
私でも解決できそうなトラブルで苦労している場面に遭遇するようになった

そういう人を見ると、私は、力を貸したくなる

しかし、名前も知らない相手だけに、性格も人となりもわからない
それこそ、協力など面倒臭いとか、迷惑だとか、余計なお世話だと思っているかもしれない

いや、むしろその可能性のほうが高い感触が、ネットの世界にはある


所詮は名前も性格もわからない程度の関係なのだから、と、一方で諦めているものの、
他方では、Yとのあのやり取りを思い出し、
喜ばれるかもしれないとか、いい結果を得られるかもしれないと思ってみる


せっかく築いたその希薄な関係が壊れる恐怖が頭をもたげ、手助けの一声を躊躇う



どんなに大好きだった相手であっても
どんなに愛していた相手であっても
どんなに強い絆を感じていた相手であっても

縁を切る、縁が切れることのほうが多くなった今、
新しくできる人間関係の、その絆の強さもわからない自分に気づく




そして今日も、差し伸べようとする気持ちに、躊躇いが影を落とす


2012年12月 6日 (木)

ジェーン・スー、そして小林悠と神田愛華の力の差

ジェーン・スーと、彼女が出演しているラジオ番組について書いた記事を、
非常に多くの方々にお読みいただいているようだ

あれは2011年の記事である

半年間のプロ野球の生放送期間を終え、
今は、ほぼ同じ番組が、ほぼ同じ内容で再開している

ジェーン・スーを初めとするレギュラー陣もほぼ変わりがない

ただ、司会進行が替わった

ジェーン師匠が出演する日は、
昨年は、TBSの異端局アナ、小林悠が担当だったが、
今年は、元NHKの異端局アナ、神田愛華が担当である



聴いてみたが、正直イマイチである


歳をとったせいで、もともと持っていた懐古主義がより強くなり、
前のほうが面白かった、という感想を抱くことが多くなっているのは事実だ


しかし、それを差し引いても、
去年の異様なまでの盛り上がりを懐かしんでしまう


なにがイマイチか、というと、
神田愛華とジェーン・スーの組み合わせでは、
終始、ジェーン・スーが会話の中心になってしまうからだ


無論、ジェーン・スーの話は面白い

内容も、話術も秀逸だ


だが、神田愛華の話力では、スタジオで会話を牽引できないようなのだ


そして、去年の小林悠の神懸り的面白さと暴走力を体感してしまっているだけに、
神田愛華ではどうにも物足りないのである




去年の何が神懸っていたかというと、
小林悠アナが魅せる、完膚なきまでに見た目を裏切る大暴走を、
放置気味に面白がるジェーン・スーを見れたからだと思っている


DDTプロレスリングの男色ディーノ選手を招いた回や、
大仏ナタリー”ダム”という愛称を拝命した、
そのダムへの痛いほどの偏愛を披露した回などが、その象徴的放送だった



iPod配信されたそれらの回は、今でも愛聴している



神田愛華さんは頑張っていることだろうと思う
このような、拙く心無い批評にも晒されていることだと思う


せっかく得た機会である
より一層、頑張って成長してほしいと思う


NHK出身という、結局はお堅い人間性が解放される時が来れば、
あるいはその先には、新たな境地が開くかもしれない

ただ、そのためには、それまでの彼女の人生の中に、
かの「中年こじれ島」Ⓡジェーン・スーに漂着する要素がなければなるまい


ジェーン・スーはプロデューサーである
神田愛華は、ジェーン師匠にプロデュースされ花開くのか

それを受け入れる勇気があるのか


今後に期待したい







なんて、偉そうなこと書いてすいません (*_ _)人 ゴメンナサイ

2012年12月 1日 (土)

私が黙っていればいい

わりと忙しい日々が続いた


書きたいことが幾つかあるが、まとめる時間がない



とりあえず、簡単に書けることを書いてしまおう




世の中、いろいろな人がいる

私からすると、到底マトモとは思えない言動をする人も多い


その矛先が直接コチラに向くこともある


若い頃は、許せなくて歯向かった
反論したり、あるいは説得したりした


今でも、心がさざめくのは事実だ


しかし、今は・・・・


励ましの気持ちを踏み躙るようなことを言われても
親切の成果を軽んじるようなことをされても


言ったところで、どうせわからないだろう


そう思って、心に仕舞ってしまうようになった


それを言ったところで、本人に私の言うことなど解ろうはずがないということを、
この程々の人生の中で、悟ってしまったのだと思う

嫌なやつ、と思われるかもしれないが、
私さえ黙っていれば、その場は平和だ

そして、その場が私にとって居心地の悪いもので有るならば、
私がその場を去ればいい


それでも、誰も困らないから






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