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2012年10月

2012年10月29日 (月)

夏旅2012 その12 <想い>

大阪万博といえば、今でも語り継がれる一大祭典だ

半年の開催期間を終えたあと、その広大な会場のほとんどが緑豊かな公園に整備され、
現在、250円の入園料で、一日のんびり過ごすことができる


この公園に初めて来たのは、高校生の頃だっただろうか?

一人で行ったこと、民俗学博物館に行ったことは覚えているし、
そのとき買った小さな記念は今も引き出しに残っているが、
なぜ行こうと思ったのか、現地までどのような手段で行ったのか、
そこのところをまるで覚えていない


次に来たのは、一昨年である

そのときの目的はただ一つ、あの『太陽の塔』だ


それまでも、すぐ脇を通っている高速道路の車窓から、何度か見たことがあった
しかし、一度でいいから間近で見たい、という家内たっての要望に応え、行ってみた

行ってみると、その、圧倒的な存在に、参ってしまった

あんなに大きくて、理解し難い形状をしているのに、
とても大きな親しみを感じる
威圧感は全くない
むしろ、近づけば近づくほど、親しみ深く感じる
大きく飛び出した両腕(?)も、その直下から見上げても全く恐怖感がない

まさに、絶妙なバランスなのだ


そして、表面の仕上の丁寧さ
白い部分は吹き付けリシンのようで目新しさはないのだが、
赤と紺の模様部分は、タイルなのだ
特に赤い部分は細かい
白い部分より若干窪んでいて
その窪みの側面まで、モザイクタイルが貼られているのだ


まさに、圧巻である

前衛的な芸術の中で、初めて、いい!と思った作品だ



そのインパクトがとても好ましく、
きっと、旅のいい思い出になるだろうと思っていたので、
10日間に亘る旅行の最後の締めくくりに、ここを選んだのである



西の駐車場に車を止め、入園してからひたすら東に歩く
うっそうとした緑の中をまっすぐ通る石畳を抜け、広い芝生公園に出ると、
塔が姿を現す


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西側からの遠望


太陽の塔の背中には、別の顔がタイルで描かれている


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月の顔、というらしい(2010年撮影)


前に回ると、見慣れたあの姿を拝める


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太陽の塔正面(2010年撮影)

今年訪れた8月19日(日)は、とても天気がよかった

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ちょっと横から(2012年撮影) この塔は、近づいて見上げるとうんといい


今回も、好印象だった

「べらぼう」なものを作る、という岡本太郎氏の想いが、
完成後、40年以上経った今でも、強く訴えかけてくる
そんな気がした


園内には気軽に立ち寄る施設は少ないし、
ここに来たのはこの塔をお見せしたかっただけなので、
売店で、園内で収穫した梅の実を使ったかき氷を食べて一服してから、
その梅を実らせた梅園や、森の中に作られた空中歩廊を歩き、駐車場に戻った

空中歩廊終端の展望台からのパノラマは、本当に素晴らしかった

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空中歩廊展望台から


公園を後にし、主に関西で展開している、「のらや」といううどん屋で昼食

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のらや箕面店。猫をかたどった食器が可愛い


うどんも、大阪名物のひとつだ
とはいえ、ここで大阪らしいうどんを食べられるわけではないのだが、
万博公園から近く、高速入り口にも近く、席が個室だったので都合がよかった

人気の度合いは知らなかったが、我々が入店した後、ずいぶん行列が出来て驚いた
そこそこ美味かったと思う


万博公園は、江坂から、新御堂筋という大幹線道路を北に走り、
千里インターチェンジで、中央環状線に右に折れればいい
ホテルから30分ほどの近さだし、道順も単純そのものだ

これほど判りやすい道程なのに、
気づいたら、なぜか、千里インターチェンジの側道に入り損ない、新御堂筋を直進してしまっていた

ボーっとしていたわけではない
散漫だったわけでもない
なんというか、狐に憑かれたような感覚とでも言えばいいのか、
とても珍しいミスだった

無論、その先の交差点で難なくUターンできたのだが、
その先に、私を呼ぶ何かがあったのだろうか?
誰かがいたのだろうか?





よく歩いて、おなかいっぱいになった同乗者は、全員すぐに寝てしまった

その眠りを妨げないよう、名神高速茨城ICから静かに帰路を走った
米原で渋滞を避けて一般道に下り、関が原古戦場を走り、
中央道から、小仏辺りの大渋滞を避けるために長野道に逃げ、
渋滞に全く巻き込まれることなく、友人宅に帰着したのは0時30分ごろだった

別れ際の「楽しかった」の一言が、今も心に嬉しい




別に夫婦だけで行くのが嫌になったわけではない
気心知れた二人なら、気楽で、のんびり出来て、まぁ最高だ

ただ、完全に、子供が出来る可能性を絶たれた夫婦にとって、
死ぬまで、どのように生きていくかは、
何を語り合わなくても、常に互いの頭と胸の中に渦巻く主題である

今は元気な姑や父も、やがて、そんなに遠くない未来に、この世を去る

そして、我々も、やがては老いて、
家内か、あるいは私が死に、どちらかが、身内のいないこの世にひとり残される

そんな浮世の虚しさ、味気なさに想いを馳せることが多くなると、
この人、と思う人と、自分にとってのいいことを分かち合う、
刹那の幸せが欲しくなるのだ


大自然を前に、無邪気にはしゃぐ5歳の少女とその両親を見ていると、
我々と違うところで生きていくこの人たちの人生に、
ほんの僅かな楽しい思い出を記すことができて、
何かを後世に残す幸せのようなものを感じることが出来た気がしている


いい滞在だった





来年はどうなるだろう

きっと、あっという間に夏が来て、
二人だとしても、誰かが一緒だとしても、あの家に行って、
地の魚や野菜を味わっていることだろう


あと30回、そんな夏をすごしたら・・・・




「夢のやうに生きて夢のやうに死んで仕舞へば夫で済む事」

幸田露伴「五重塔」より





長らくの連載、お読み頂きありがとうございました

<おわり>

2012年10月25日 (木)

夏旅2012 その11 <街遊び>

東京と神奈川出身の友人一家は、岐阜以西に行ったことがなかったそうである

それを、一気に和歌山の、それもド田舎に連れて来てしまった

無論、埼玉から和歌山への道中には、京都、大阪、奈良の三大観光名所がある
興味が湧かないほうが不自然だろう
実は、我々も、墓参り、ショッピング、馴染みの店での夕食を目的に、
必ず大阪で一泊してきたのだ

友人一家も、通天閣や道頓堀、USJに行きたいと、
大阪に並々ならぬ興味があるようだったので、
今回は、USJをとことん楽しんでもらうために、大阪で2泊した


朝、家を出て、途中、和歌山市に寄って土地のラーメンを食べ、
お決まりの、大阪郊外の江坂のホテルに着いたのは午後2時過ぎである

チェックインを済ませ、目の前の駅から地下鉄を乗り継ぎ、
まずは通天閣のある新世界へ

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地下鉄の階段を上るとこの風景。なかなかの演出

もちろん展望台に登ってビリケンさんの足の裏をくすぐるつもりだったのだが、
1.5時間以上待たされるようだったのであっさりと断念

地下鉄で引き返し、道頓堀界隈へ
日本橋駅から、風俗店の並ぶ相生橋筋に出て、有名な喫茶店へ

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有名な喫茶店「丸福珈琲店」プリンとアメリカンコーヒーがおススメ

裏通りをうろついて、法善寺横町へ

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法善寺の前にて             

その後、有名な551の蓬莱の豚饅やたこ焼きを食べつつ、
心斎橋商店街をうろうろしていると、あっという間に夜である
夕飯は、いつも行く道頓堀のがんこ寿司
お寿司が大好物という5歳の少女も喜んでくれたようだ


翌日、友人一家は朝から一日USJ

我々は、大阪郊外の高槻というところにある、親戚の墓参りへ

ここは、私の披露宴で乾杯の音頭を取ってくださった方のお墓である
惜しいことに、その僅か2年後に肝機能障害で突然亡くなってしまった
訃報を聞いて、車で夜の闇を衝いて葬儀に行った
その、大阪人気質あふれる人柄に惚れて乾杯を頼んだだけに残念で、
どうしても、手を合わせに行きたくなるのだ


車をホテルに戻し、改めてミナミの繁華街に遊びに行く
今回は、なんばから、初めて黒門市場を歩いてみた

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なんばグランド花月の東に広がる大阪の風景

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黒門市場の入り口の一つ

内部の印象は、古き佳き商店街である
セリをするような市場ではないようだ
季節柄、そして土地柄、立派な鱧(はも)がたくさん売られていた

一軒の肉屋で、その場で揚げたメンチカツを買って齧ったが、
揚げ物に弱い私でも、胸焼けしないカツだった



この夜は、滞在最後の夜である

最後の夜を締めくくるべく、
亡くなった祖母とよく行った、イタリア料理店に予約を入れておいた

ここは気さくなご主人が友人のように接して下さる、なんとも居心地のいい店で、
とてもリッチな気分と美味い料理を味わえるのだ

ただ、店は祖母が住んでいた豊中市にあって、ちょっと不便なので、
ミナミの繁華街と、この店のほぼ中間である江坂という街のホテルを選んでいるのだ


15年以上前、イタリアに行く私に、ご自身が修行したお店を紹介してくださり、
本場の食事の楽しみ方を教えてくれたのが、ここのシェフ

それまでは、店の雰囲気に緊張して、味さえもわからなかった私も、
イタリアから帰ってきた後は、すっかり気軽に楽しめるようになり、
祖母と何度も閉店まで飲み食いし、シェフともいろいろと話をした

我々如きを、とても大切にしてくださっているのだ

そんな我々も、今回、友人一家をご招待するところまで辿り着いた

祖母は亡くなって、家も引き払って、
今となっては、わざわざ宿を取らないと来られないのだけれど、
長年の思い出が詰まった、必ず来たくなる店なのだ



いつものように、コースを基本としながらも、
食いしん坊の我々の要望に柔軟に応えて頂き、
各々好きなものを取り分けて食べられるよう、
殆どパーティーメニューのようにしてくれた

友人ご夫婦にも喜んでいただけたようで、
下戸なのに、白ワインも、赤ワインも口をつけて味わっていたのが嬉しかった

昨夜は旺盛に寿司を食べていた5歳の少女はというと、
朝から一日遊んでさすがに疲れたかして、席に着くと同時にすっかり寝てしまった

そして、とても気持ちよさそうに、最後まで夢の中だった


それも、いい思い出かもしれない


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移転して一年の「リストランテ・チェレスティーナ」

2012年10月12日 (金)

夏旅2012 その10 <観光>

白浜までの国道42号は、地方都市を辿る典型的な市街道路だ

しかし、白浜の外れにある「ここから急カーブ連続」という道路標識の先は、
一気にその様相を変え、海岸を縫うルートになる

その潮岬までの約60kmは、枯木灘と呼ばれる海岸風景が本当に素晴らしい区間だ

同時に、寒村が点々と散在するだけの寂しい区間でもあり、
日置、周参見という街がそれなりの大きさで存在するだけである

うちのある集落は、別荘マンションが建ち並ぶ様こそたいそうに見えるのだが、
定住人口は700人あまり、世帯も400戸弱の、そんな寒村の一つである


つまり、白浜は、大阪方面からの最後の都市らしい都市だ
おまけに、自然にも恵まれ、観光施設や名所も充実している

温泉や景勝地のほかにも、ゴルフコースもあるし、
行くこと自体が目的になり得る巨大な土産屋もある

そんな中で、レジャー施設として高名なのが、アドベンチャーワールドだ


ここは、サファリパーク、マリンパーク、遊園地をミックスした民間施設で、
特に、パンダの自然繁殖で有名だ


今回は5歳の少女が一緒だっただけに、ここは外せなかった


ちなみに、家内と二人だけで滞在するときには、まず行かない

理由はいろいろある

のんびりしに行っているのだから、わざわざ疲れに行こうと思わない

とか

動物園にさほど興味がない

ということもあるが、なにより、入園料が高いのが最大の理由だ

駐車料金と合わせれば、行くだけで1万円近く掛かってしまう
一度など、駐車料金を払って入場したものの、
チケット売り場の料金表を見ただけで引き返したものだ

ただ、ここには夏季限定の割安チケットがある

夕方5時ごろ以降の入園に制限されるのだが、
パンダやペンギンなどの海生常設、サファリ、陸生常設をひとめぐりしても、
明るいうちにひと巡りできる
日差しも和らぐので、屋外を巡る施設にはもってこいの時間帯だ


そして、行けば行ったでそれなりに楽しめてしまうから困る


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水の中を飛ぶペンギンの間抜けな立ち姿とか、ただだらしないパンダだとか

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異常に目つきの悪い熊だとか、信じられないほどに小顔メイクのマーモセットとか

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ひたすら金網を噛んだままのカピバラとか、統率の取れていないアヒルの行進とか


ここは、パンダが生まれるたびに全国レベルのニュースになるから、
5歳の少女も、そんなニュースを見るたびに思い出してくれることだろう


2012年10月 6日 (土)

夏旅2012 その9 <旅中旅>

この家からは、一日かけた日帰りで、いくつかの観光地に行ける

今年は、母が亡くなって三回忌にあたる年なので、高野山に行って回向することにした

うちは、高野山派の真言宗なのだ

真言宗でもない友人一家を、よその家の法事に付き合わせるのは気の毒だが、
高野山は一つの観光地だし、遠くてなかなか来れないところだから、
昼食も兼ねてお誘いしたら、興味津々の二つ返事で参加してくれた

街全体が宗教施設と言ってもいい高野山だが、宗教色は感じない
これが1,200年の伝統なのだろう



家から高野山までは2つのルートがある

一つは、山の稜線を辿るもので、
標高1,200mから紀伊山地を360度見渡せるその車窓が素晴らしく、
高野山に行くときは毎回この道を使っていた

ただ、今回はあいにくの悪天候で視界が全く期待できなかったうえ、
勾配もカーブもきつい道で車酔いにでもさせてしまったら元も子もないので、
今回初めて、高速道路を使うルートを試してみた

家から田辺ICまで45分、そこから和歌山ICまではちょうど一時間
高速を下りて、国道24号を東に小一時間進んだところで、
紀の川万葉の里という道の駅に着いた


この先、山道に入るので、ほんの一服のつもりで立ち寄ったこの道の駅
周辺が果物の特産地のようで、桃やぶどう、梨などがたくさん売られていて、
どれも美味しそうでかなり安かったから、幾つか買って帰ってから食べたが、
どれも本当に美味かった

トイレは小さいが、駐車場は広く、
他にも美味しそうな農産物やその加工品がたくさん売られていて、
おススメの道の駅だ


雄大に聳える紀伊山地の北斜面を豪快に駆け上る国道480号は、
勾配こそきついものの、カーブはゆるく、割と走りやすい道だった
ただ、国道370号に接続してからは、勾配こそさほどではないものの、
カーブが細かく連続する狭い道で、かなり走りにくかったが、
幸いなことに、10km程度と距離が短かくて助かった
線形改良工事があちこちで進められていたので、
次に走るときは、随分と走りやすくなってるかもしれない

そのくねくね道は、目の前に突然真っ赤な大門が見えたところで終わる

そこから先3km余りが、高野山の街だ

ちょうどお昼だったので、まずは本山に行く
お昼ご飯に寺の精進料理を出してもらうよう、事前に連絡してあるのだ

うちの本山は、ちょうど街の中心にある普賢院である

寺に入ると、僧侶が応対してくれる
事前に連絡してあったので、すぐに奥の応接まで通され、お茶とお茶菓子でもてなされた

やがて、過去帳を持ってきてくださり、母の戒名を確認すると、
いよいよ本堂に通され、案内されるままに、くすんだ緋毛氈の上に座る

既に、御簾の中には僧侶が5~6名ほど座っていて、
やがて、厳かに高らかに、なにやらの経を唱え始めた

私は、この読経の響きが好きだ

宗教についてはほぼ無知だが、
香の漂う薄暗い本堂で、多くの僧侶が、我々のためだけに、
美しい合唱を奏でてくれる
ありがたいことだ

母とも何度か来たこの本堂に、遥々埼玉から来て焼香までしてくれた友人一家を、
きっと喜んでくれるだろうと思う

やがて、御簾から三方に乗せられたお供物が下される
お供物は、お守り、葛湯、お香、数珠といったもの。お守りは、人数分下さった
受け取った代わりに、御布施を乗せ、三方をお返しする
読経は続いているが、案内役の僧侶に隣接する祭壇に導かれ、
阿弥陀如来と不動明王の真言を唱えたのち、少し離れた広い一室に通された

既に、精進料理があらかた用意されている

座って待っていると、修行僧が残りの料理を運んでくれて、
お茶を淹れてから、ごゆっくりお召し上がり下さいとだけ言い残して出て行った

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事前に依頼しておくことで供される精進料理

これが、なんとも美味い

葛をたっぷり使ったねっとりとした食感の胡麻豆腐
軽く焼いて田楽味噌を乗せたもちもちの生麩
出汁の染み込んだ高野豆腐の煮物
もずくと酢茎の酢の物、喉越しを楽しませる素麺などなど
品数も多く、目にも楽しい

寺坊の広い一室を借り切って、時間を気にせずのんびり味わえて、
大人一人2,700円が高いか安いか・・・・・・・・

食事中、一度だけ僧侶がやってきて、
三つ折の奉書紙に筆で豪快に書いた御布施の受け取りの証文と、
別の場所にある、奥の院に収める経木の位牌を渡してくださった

総本山金剛峰寺と街並みを見物し、奥の院に足を伸ばす
経木を収め、歴史上の有名人の供養塔を面白く眺めつつ、
お大師廟堂までお参りし、世界平和と友人の病気平癒を祈ってきた

友人の亡き父上は、軍艦長門の乗組員だった
私の祖父は、その僚艦、陸奥の機関兵だった
陸奥が爆沈したとき、亡き父上もその救援をしたそうだ
残念ながら、祖父はその際に戦死している
その慰霊塔が、参道に建っている
刻まれている祖父の名前を見ていただいた
この友人とは、不思議な縁で結ばれているようだ

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奥の院。この奥がお大師廟堂

興味深い宗教儀式を当事者として体験し、
美味しい食事を楽しみ、
風変わりな墓石を眺めるといった、
まるっきりの観光旅行の体だったが、
帰りも同じルートを戻り、家の近くまで戻るまで、
幸いにも、雨に降られずに済んだし、
お参りして一ヶ月以上になるが、その間に友人の病気も落ち着いた


それの功徳というのなら、供養というのも悪いものではない



2012年10月 5日 (金)

夏旅2012 その8 <海>

西側の庭は崖に面していて、そこには小さな門がある

その門には、岩肌をはつった50段の石段が取り付いている

崖は割合と脆く、地震があるとこんな感じで崩れてしまう

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モルタル舗装の石段道を阻む落石

この石段を降り切ると、磯だ

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沿岸だが、ここの海は綺麗だと思う

この磯には、うちを含めて3軒が面している
磯に下りる階段を持っているのはうちともう1軒だけで、
残りの1軒は、うちの階段を使っている

そのぐらい、行きにくい場所なので、その他の人はなかなか辿り着けない

いわば、プライベートビーチだ

水深は5mも無いので、ぷかぷか浮かんでいるだけで、
海底や岩肌に泳ぐ、大小色とりどりの魚を見ることができる
岩肌には、地味な種類だが珊瑚も貼り付いている
鮮やかな色のイソギンチャクが揺らめき、小さなくぼみには、ウニがぴったりと納まっている
岩の隙間には、鋭利な殻を持つ貝やフジツボが並んでいる
あちこち泳ぎ回りながら、そんなものを見ていると、
あっという間に時間が過ぎていく

泳ぎ疲れて波打ち際に座れば、小さな貝やヤドカリ、エビが遊びに来る
ヤドカリやエビは人間のふやけた肌が好きならしく、
傷跡や虫刺されの跡などを見つけては、小さなハサミでつっついてくる

それが結構な力で突っつくものだから、かなり痛い
容赦なく払いのけても、しばらくするとまた集ってくる

5歳の少女は、そんな小さな貝を集めては、海に返していた




海の中は毎年状態が違って、
海草がよく茂って魚も多い年があると思えば、
酷く枯れて、魚も少ない年がある

なにが原因なのかはわからない

ただ、このあたりには下水道が整備されていない
そして、多くの家が、汚水だけの浄化槽しか持ち合わせていない
つまり、台所や風呂などから出る生活雑排水は垂れ流しなのだ

幸い、この磯に面する家々の殆どはほぼ一年空き家なので、
生活排水の量は少ない

しかし、海を泳ぐと、排水による汚染が無いかと気になるものだ

気休め程度かもしれないが、洗濯には環境配慮型の洗剤を使い、
石鹸・シャンプー・リンスは自然由来のものを選ぶなど、それなりに気を遣っている

配管も、汚染が直接海に入り込まないよう、
排水をいったん地盤に染み込ませる配慮がなされている



時には、アオリイカの家族や、うるめいわしの群れ、
タコやエイなんかも見ることができるこの磯が、
いつまでも綺麗でいてくれるよう、僅かでも配慮をしたいと思う

2012年10月 4日 (木)

夏旅2012 その7 <庭>

道と海に挟まれたこの家には、道側と海側にそれぞれ庭がある

道側は石や庭木で作庭してあって、
その庭木が好き勝手に枝を伸ばしている

海側はほとんど何も植わっていない緩傾斜地で、
茅が一面に茂っている


P1040023
海側の庭を覆う茅。右上の柵から海に下りられる


春からいっさい手を入れていないのだから当然だ


海側は西側なので、日の当たらない午前中に作業する

茅の刈り取りも、以前は全て手作業でやっていて、完全な一日仕事だった
それでは埒が明かないということになり、
ぼちぼち貯めていた運用資金を使って、数年前にエンジン駆動の刈払い機を買った

おかげで、刈り取り作業自体はあっという間に終わるようになった
途中途中で刈り倒した茅を纏めて捨てなければならないが、
それでも、半日で片付くようになった
文明の利器とは、いやはやありがたいものである


ちなみに、茅(ちがや)は、縄の材料になる背の高い草だ


一方の道側の庭は東側なので、家の影になる午後に手入れをする
コチラは植木の剪定がメインなので、刈込鋏や握り鋏、鋸を使っての手作業だ

植木のせいか、地面にはさほど雑草は生えていないものの、
庭木が多いので、やはり半日掛かってしまう


つまり、庭掃除だけで、一日潰れるのだ

こういうところに持ち家があるというのはステイタスであることは間違いない

が、使用人や庭師を雇うほどの財力があるわけでは無いので、
掃除や手入れは自分でやらなければならない

また、それに時間を取られる以上、
長く休みを取って滞在しなければ、ここの真価は味わえない


まぁ、それを楽しんでいるからいいのだが



切り落とした植物の枝や葉は、地元の方々のアドバイスで空き地に捨てている

捨てた枝葉は、一年の間にほとんど土に還っていて、木々の養分として吸収されているようだ


昔は、庭の手入れなどやりたくもなかった

いち早く海で泳ぎたかったものである

しかし、天気の悪い年が続いたのをきっかけに、
おまじないとして、まずは庭を綺麗にして、
そのご褒美に、いい天気になってもらって海を楽しもうと考えるようになり、
やがて、海への執着も弱くなって、
庭の手入れをして、汗だくになって、温泉に入り、ビールを飲んで、
綺麗になった庭を見ること自体が楽しみになった


そう、こんなふうに


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片付け後の温泉とビールは格別なんだ


今は、滞在中、海で泳げなくても、惜しくなくなった


人は、変わる



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茅を刈り取った西の庭

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植木を剪定した東の庭

夏旅2012 その6 <買い物>

昔、集落にはよろずやがあった

薄暗い、ちょっと大きめの八百屋ほどの広さの店内には、
食料品、日用品、虫取り網や花火などの簡単な遊び道具のほか、
鮮魚店までが所狭しと並んでいた
狭いながら、おっちゃんのいる魚屋さんだった
本当に、古き佳きいなかのよろずやといった風情だった

散歩にちょうどいい距離にあったので、ぶらぶら歩いて行ったものだ

店の目の前は小さい川の河口になっている
小魚が群れをなして泳いでいるのを木造の橋から見下ろすのは、
なかなか長閑で趣があった
それは今も変わらない

ただ、よろずやは、10年ほど前、車で15分ほどの場所に移転してしまった
車でないと行ける距離ではなくなったが、
店は大きく新しくなって品数も増え、大変便利になった

集落は寂しくなってしまったが、どっちが良いかなんて言えない



近畿圏の方々は、食料の買い物は午前中に行くようだ

午前中のスーパーの駐車場は満車で、整理員が車をさばくほどだし、
レジにも長い列が出来るのだが、
午後になると駐車場はガラガラで、夕方に行こうものなら、生鮮類はかなり残り少なくなってしまい、
魚などは、本当に売切れてしまうのだ

関東に住んでいるとわからない土地柄の一つである



初日に買ったのは、目の前の海で獲れたうるめいわしとスルメイカ、いさぎである

ちなみに、関東で目にするいさきは、”赤イサキ”と言う別物らしい



国道から山に少し入ったところに、野菜の無人販売所を見つけてある

ここの目当ては”水ナス”だ

関東では一つで100円はくだらない水ナスだが、関西ではそこまで高くはない
しかし、この無人販売所は更に凄くて、たまに、傷ものを無料で配っていることがある
そうでなくても、5つほど入って100円前後だ


イサギは刺身、うるめいわしは酢漬け
スルメイカは二杯買ったので、一杯は刺身に、
もう一杯はワタと和えてホイル焼きにした
水ナスは浅漬け
一緒に買ったピーマンは油炒め、オクラは塩茹で


地物ばかりの食卓は、とても色鮮やかで賑やかである


友人一家も我々も腹をすかせていて、
写真を撮る気も利かなかったのが残念だ

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