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2012年7月

2012年7月28日 (土)

伝統工芸品センターが移転して

池袋東武百貨店2階にあった、日本伝統工芸品センター

JRの一番南の改札に至近で、とても便利だったし、
日本の手仕事ならではの品質の確かなものを、安く手に入れることができた

三ヶ月に一回、渋谷の病院で外来診療を受けた帰りには必ず立ち寄り、
目の保養をし、寂しい懐具合と相談して、
日々使うのによさそうな器などを買ったものだ

それが、今年の春に閉館し、もともとの所在地だった青山に移転した

青山は病院から徒歩30分ほどの距離である

昨日はその病院の外来だったので、診察後、光化学スモッグ注意報の中、
口と鼻に濡れタオルを充てながら、
新規オープンのその場所へと、とぼとぼ歩いた

青山一丁目の交差点を東に折れ、間違ったかな?と思うぐらいしばらく歩いて、
ビルの一階に入居した伝統工芸品センターに着いた

なかなか高級感のあるファサードだ


中に入る

陳列しているものは、移転前と基本的に変わらないはずだから、
そんなに違いは感じない

しかし、懸念していたとおり、全般的に単価の高い品物が増えていた

なんといっても、場所が、あの青山である
隣はカナダ大使館。正面は赤坂離宮
安いものをたくさん並べている必要の無い場所だから仕方がないが、
池袋時代からの愛好者にとって、敷居は高くなってしまった

ひととおり眺めてから、なにかいいもの無いかなぁ~と物色する

食器、布製品、どれも高くてピンと来ない中、
洋材を用いた、ちょっとしたものが目に入った

見た目の質感も、手に持った重みもいい

自分で買って使おうとは思わないものだが・・・・


それと、江戸唐紙のポチ袋を一緒に買った


今一度、店内を眺める

内装にも、伝統工芸品が使われていて、なかなか上手にまとまっている

行き易いとはとても言えない二階の特別展示場では、
絞や紬の反物を展示していた

総絞りの浴衣地があったが、
あれを仕立てる手間は想像がつかなかったな

単大島紬という、ちょっと前まで聞いたことの無かった反物もあった
大島といえば袷だろうに・・・・
大島ってのはメチャクチャ高価なのに、正式には訪問着にならないのだから、
贅沢というか、気の毒な反物である

地下鉄の青山一丁目からでも少し距離はあるが、
スペースも広く、目の保養にはいいと思う

高田馬場で用事があったので、外苑東通りを信濃町まで歩いたが、
17時をまわっても、都心はまだまだ暑かった





2012年7月18日 (水)

もう、みんななんなの??

黒木メイサ、若槻千夏、そして今度は熊田曜子・・・・・


最近のあなたたち適齢期世代の結婚感、貞操感は、
もう、私には理解できません




焼肉屋で、「すいませ~ん、ハラミ一人前」って頼むんじゃねぇんだから・・・・・・



恥ずかしいったらありゃしないわ・・・・・・・・・




さよーならーーーーー




2012年7月 4日 (水)

肩の力を抜いてみた

まぁあんな事を書いたところで仕方が無いんですが

それはわかってる一方でですね、
書きたくて書いてしまう時っていうのもあるわけです

ストレス発散の場でもありますので


最近はまた忙しい日々が続いていたのですが、
それもようやく納まり、10日間ほどは自由に出来そうです

もちろん、その間にもちょこちょこ用事はあるんですけどね

まぁ、さまざまな片付け、提出物の採点なんかで、消費されていくことでしょう

週末は、昨年に引き続き、分不相応に善い所に行ってきます


都会の喧騒から離れて、綺麗な環境にどっぷり浸かってきます



多くの人、そして、特定の人へ

何を言っても、耳を傾けようとしない人へ


ぜひ、読んで、感じていただきたい


くわばたりえ「しんどいよな」



心配で心配で、それしかないけれど、私には何も出来ない

その気持ちぐらい、わかれバカヤロウ!






くわばたさん、ありがとう













2012年7月 2日 (月)

心の病

私が心臓を患ったのは、もう4年ほど前になるだろうか

いわゆる狭心症の一種だった

狭心症は、高齢者が罹る病気である
それなのに、私は30代後半で罹ってしまった

先天的な問題があったようにも思える所見だったのだが、
それにしても、体なんて簡単に壊れるものなんだと、しみじみ思ったものだ


それと同じぐらい、簡単に壊れてしまう「心」を持っている人が、
この世に少なからず存在していることを、先日、初めて実感した

ある方が、鈍感な私にすれば、
「そんなことで?」
という程度のきっかけで、気を病んでしまった

その人はバーチャルの知人でしかないので、
人となりも普段の生活も、ほとんど何も知らない

だから、日々、どれだけのストレスに晒されていたのかはわからない

つぶさに知れば、納得するのかもしれないが、
つぶさに知ったところで、私には納得できないかもしれない

もしそうだとしても、心を病んでしまう人はいるのだ
それは、理解しなければならない事実だった

私の母親は、晩年、鬱病を患って、それはそれは気の毒だった

自分が欲していないのに、気分が鬱々とし、立ち直れない
その苦しみは、死んでしまいたいと思うほどのことなのだろう
自殺未遂までしてしまったのだから

母のように、60歳代後半で患うのもそれはそれで悲しいだろうが、
若いのに、そういう病気で苦しみ、若き日々を無益に費やすことを思うと、その無念さは余計に気の毒だ

私になにが出来るわけではないが、せめて、せめて、自分がそのような病に罹らないよう、健全でいたいと思う




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