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2011年11月18日 (金)

セレナーデ/岡崎律子

もう、僕はきみに必要な存在じゃないんだね


そんなことを思いながら、深まる秋を感じている



鬱病に苦しめられ、歩くことすらままならなくなっていた母は、
それでも、一人で留守番しているから、家族旅行に行ってきてと訴えた

とても放っておけないからと、父と兄が参加を取りやめたことを知った母は、
そんな風に思われたことと、そんな病気に絶望して・・・・

あれから、2年経った

一人で留守番するのは寂しい判断だっただろう
でも、大丈夫だから、という言葉を信じてもらえないことのほうが、
ずっとずっと寂しかったのだろう

誰かのお荷物でしかなくなった、そう自覚したとき、
人は死ぬほど悲しいのかもしれない





初めてのたからものよ
こんなにも好きになって

つよくてよわい心
時にはさびしがるけど

きみが笑うと それだけでもう嬉しくて
すべてが報われるんだ

うつむいてた日は ここから見てたのはぬかるみ
でも 今は空を見上げてる

途方に暮れる背中に
言葉をかけたいけど

どしゃ降りに濡れた肩を
すぐにも抱きたいけれど

いつもいつでも求めていてくれなくていい
どんな日も きみを知ってる

心の鍵をあけるのは強い力じゃなく
まっすぐに想うきもち

きみが笑うと それだけでもう嬉しくて
すべてが報われるんだ

うつむいていた日は ここから見てたのはぬかるみ
でも 今は空を見上げてる

今日もがんばろう 負けない強さを持とう
愛する人のためにも



岡崎律子/2003年



人を愛するということは、どういうことなのだろう

誰かを愛するって?

それは自然に訪れること?

それとも、努力して初めて得られること?

出会いは運命かもしれない
好き嫌いに理由は必要ないと思う

でも、愛は・・・・?


愛は、一生懸命生きる人しか、得られないと思う

愛は、一つの権利のような気がする

あなたは、一生懸命生きているから、愛し愛される権利があります
あなたは、一生懸命生きていないから、愛し愛される権利はありません



私は、一生懸命生きてきただろうか?

一生懸命生きているだろうか?



愛することさえ、他人から得る物だと思い違えて、41年も生きてきてしまった






「愛してよ」








それがただの駄々だと気付くのが、遅すぎた



軽薄な人生








彼女は病床から訴えた

お願いはひとつだけ 生きて 生きて・・・・



誰からも必要と思われなくなって、生きる望みがなくなったとしても、

そんなの、今だけのことよ

そう言って、生きてと言うに違いない





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