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2011年9月15日 (木)

法要と粗餐、接客の基本

ホテルの前で客待ちしていたのは、今や首都圏では見掛けなくなった、小型タクシーだった
間が悪いことに、他に一台もいない

荷物を持った大人の男女計4人を見て、運転手さんも申し訳なさそうにしていた

小型タクシーは、古い三菱ギャランシグマだった
トランクではLPGタンクが大きな顔をしていて、すべての荷物を詰めるのに苦労した
助手席に1人と、後席に3人が乗る
家内のキズを慮れば、小さいからといって中央座席に座らせることは出来ず、
私が中央に座ったが、
さすがに狭い

古い車だからか、乗り心地も悪い
地方都市の道路は、一歩でも脇道に入るとガタガタだ
また、吉野川の氾濫原だけに地盤沈下が甚だしく、小さな支流や水路も多い
小さな支流や細かい水路に差し掛かる度、
地盤沈下した軟弱な道路と、
杭のせいで沈下していない硬質なコンクリート橋の段差で、
上下に大きくバウンドした
しかし、マニュアルシフトのシンクロはさすがに上手かったし、
乗り心地は悪いものの、腰抜けバネの座席のお陰で、直接的な衝撃までは体に入力してこなかった

徳島城の東を抜ける左手に、国立の徳島大学がある
正門には、建築士試験会場と書かれた立て看板があった
そうだ、今日は二級建築士の製図試験日だったな、と遠くを思った

藍より青き吉野川を渡り、更に旧吉野川を渡ってすぐの鳴門市に、菩提寺はある

普通、住職の常住する寺は、街の目印にもなる存在だろう
しかし、大麻町西馬詰字杉堂という住所は、徳島市内のタクシー運転手の場合、一発で分かる人は稀だ

ただ、付近には幾つかの特徴がある
今回の運転手さんには、付近の道路に行き違い用の一方通行信号があることを伝えると、
見事に寺まで運んでくださった



一周忌には、九州の福岡から一名、大阪市内から一名が参列してくださった
参会者の経てきた距離はとても長いが、住職を含めても7名の小規模なものだった
ただ、今年は、名も知らぬ先祖の250年忌にも当たっていたので、
お経は少し長めだったし、卒塔婆は2本認めてあった

実家から持ってきた位牌とお供え物を住職に手渡し、祭壇に安置してもらう

心地
よい風が吹きぬけるものの、いささか暑い本堂の一隅での真言宗の法要
手に擦り込むシナモン系のお香が好きだ
焼香の香りも心地いい
数珠を手繰り、般若心経などを賛じて、読経は程なくして終わった

境内にある墓に、線香と水を手向ける

墓の背後の、祖父母の喜捨を称える石柱が目に入る
一金三十七万円也(祖父)
金襴袈裟一幅(祖母)
袈裟は分かる。納品の時の光景も覚えている。
しかし、37万円という半端な金額の喜捨は一体どういうことだろう
いつ見ても、不思議な金額の石柱である

その背後では、蓮畑に蓮の葉が
揺れている
我々、いや、私を黄泉の国へ誘っているように見える


一周忌(と250年忌)法要はつつがなく終わり、
毎回お決まりの粗餐の料理屋へ向かう

私と家内、兄は、住職の運転する車に同乗した

住職は、幼少の頃に通学したという田圃の畦道上がりの狭いコンクリート舗装道路を、
思い出話を織り交ぜながら、ゆっくり走ってくださった

途中、既に80年以上前に人手に渡った当家の跡を案内してくださった
今は農作物の茂る土地に、私はなんの感慨も湧かなかったが、
祖父は、何度も持ち主に買い戻しの談判を持ち掛けたそうだ
しかし、持ち主は頑として手放そうとしなかったという
なぜか分からない



やがて、ガードレールもない川沿いの細い道に、突然、廃線の踏切とガーター橋が顔を出した
と思ったら、現役のJR高徳線のものだった
夏草がびっしりと生え、レールもそれほど輝いていないその様は、廃線の雰囲気そのままだった
雰囲気があまりにうら寂しかったので、一人旅なら写真を撮っていたと思う
が、見慣れた地元の住職に、そんな風景が特別なものに見えるはずもない
目に焼き付けて通り過ぎると、暫くして料理屋に辿り着いた
ちょっとよっ亭というふざけた屋号の店だが、毎回、美味い魚としっかりした料理を出してくれる

関西のいいところは、だいたいどんな店でも、ちゃんと旨い食事を食べられるところだ

鯛と鮪、海老の刺身は新鮮だった
鰆の味噌焼きの風味も良かった
もずく酢、茶碗蒸し、鳴門金時の入った天ぷらなど、
どれもちゃんと旨い料理が運ばれてくる
まず不満が出ない、それが素晴らしい

というか、関東の店の外れの多いことが問題なのだ

そして、接客サービスの基本の水準が高い

今回、会食中に、どこまでタクシーを頼むのか、という会話をしていた
大阪からの参列者は高速鳴門まで
我々は空港まで
九州からの参列者はJR大谷駅までと言っていたが、住職が送って下さることになった
この会話を交わしている間、給仕で席に出入りしていた仲居さんがそれを聴いていたのだろう
会食後、店にタクシーを頼むと、何も告げないのに、
高速鳴門までと空港まで一台ずつお願いします、と電話をしていた

接客業と飲食業は、関西には叶わないだろう

ちゃんとしているが気軽な印象の懐石料理を堪能し、まずは九州からの参列者が住職の車で帰り、
一旦戻ってきて下さった住職が、挨拶を残してお帰りになり、
大阪からの参列者がタクシーで帰っていった

店の座敷を借りて礼服から平服に着替えた我々も、タクシーで空港に向かう
運転手さんは、徳島・和歌山に多い、ゴリラっぽい風貌の、明るい好人物だった

空港までは、一面の吉野川氾濫原である
湿地だから、水田の他、蓮田、藍田が多い
その中で、最近幅を利かせてきているのが、鳴門金時の畑だ

内陸の芋畑の中を走っている最中に、ゴリラ氏が言う

金時はの、海に近ければ近いほど美味いんじゃ
この辺の畑は5年に一回は土を入れ替えんと、ろくな芋が出きんよぉ、
水臭いんよ
海沿いの砂地でないと、美味しい芋は穫れんのよ
やっぱり一番美味いんは、里浦の芋やろうねぇ

里浦は、空港の北の、まさに海岸地帯である
そうか、鳴門金時を買うなら里浦産を選ぶべきなのだな



運転手さんの笑顔と"おおきに~"という明るい声に送られ、空港に降り立つと、
夕刻の近づく海からの風が心地よかった

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