« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

マウスを改良する

先日届いた無線マウスM310が手に馴染まない

滑りを良くするために、これまで使ってきたマウスと同様、
裏面にテフロンテープを貼っても、今ひとつ、思い通りに動かせない

どうにも、細かい動きをうまく制御できないのだ

今度のマウスは、これまでのマウスより10gは軽いので、絶対的な重さが原因ではない
トラック制御の設計思想が原因であれば手立てはないが、
もし、重心が原因だとすれば、僅かながら手立てはある

電池をいじるのだ

M310は単三電池一個を内蔵するが、
これを単四電池に置き換えられれば、重心は変化する

世間には、それ専用のアダプターも売っているが、
そこはケチと執念の塊のような性格

まずは、何が必要か把握するため、
単三電池と単四電池の違いを調べてみた

重量は、単三電池が25g程度、単四電池は10g程度
単四電池の軽さに改めて驚く
単三を単四に替えれば、随分と軽く感じるだろう

直径は、単三電池が14mm、単四電池が10mm
長さは、単三電池が50mm、単四電池が44mmだった

つまり、厚み2mmのスペーサーと、長さ6mmの導電体が必要なわけだ

道具箱をあさってみると、長さ約6mm、単四電池と同じ直径の皿ネジがあった
また、梱包用のプチプチは、直径の差を埋めるスペーサーにちょうど良さそうだ

これなら、タダで単三サイズの単四電池、名付けてエセ単三電池を作れそうである



で、エセ単三電池の製作開始

・・・・

製作時間5分で、これが出来た

Sp1030387
横っ面。上が単三、下がエセ単三。長さぴったし

Sp1030388
上っ面。右が単三、左がエセ単三。直径ぴったし

で、装着すると、こんな感じだ

Sp1030389
単三電池。純正やで!といった風情。いわばドヤ顔

Sp1030390
エセ単三。いけるんちゃいます?といった風情。輝く瞳のよう

恐らく、市販のアダプターよりかなり軽量に出来たと思う

電池込みのマウスの重量を計測すると、
単三装着で105g程度、エセ単三で95g程度と、一割程も軽くなっている
この総重量で一割の軽量化など、なかなかできるものではない

肝心の重心は、これまでより、かなり中央付近に寄った感じだ



で、この記事は、そのエセ単三電池で駆動しているマウスを併用して書いている


操作感は、すばらしい

まず軽いし、かなり正確に、狙いどおりのトラックが容易になった

い~感じである


でも、プラシーボ効果という奴で、最初のうちは自画自賛しがちだから、
CADを暫く扱ってみて、冷静に判断しようと思う



ただ、今の時点で判明している懸念材料もある

当然のことながら、単四電池は単三電池より容量が小さい
調べたところによると、単四は単三の半分以下の容量のようだ

従って、電池寿命は相当短くなるから、
そのたびに、この5分間の工作時間が必要になるわけだ

値段も、単三電池のほうが安い

それでも、操作性が良くなってこの手に馴染んでくれるのであれば、
そのぐらいの差は問題にならないだろう




いや・・・・

そうだ

CADのように、シビアな操作が必要なときだけ、エセ単三を使えばいいのだ
キーボードも、無線が不要なときには有線を使うことにしたんだから、同じことである



ところで、ネットでこの手の軽量化について調べてみると、
かなり多くの方が挑戦しておられることがわかる

無線マウスの重さには、多くの人が苦慮しているようだ

しかし、電池を取り外したマウス本体の軽さといったら、感心するほどのものである
この軽さで、各センサーとレーザー回路、送信回路が収まっているとは到底思えない

これ以上の軽量化は、電池不要マウスの開発でしか望めなさそうな感じである

とこや

ここ数年、徒歩1分の床屋に行っている

昔はさぞ"やんちゃ"だったであろうことを想像するに難しくない店主と、
最初はインターンの女の子かな、と思った程、若々しい奥さんの経営する店だ

私は、頭ぐらいちゃんと切って貰わないと人に会わせる顔がないので、
懐がいくら寒くとも、ちゃんとした床屋に行くことにしている
その代わり、短めに切ってもらって、2ヶ月に一度ぐらいのペースに抑えているのだ

今回、席に着くと、いきなり

「奥さんどうでした?」

と尋ねられた


そうだ
前回、家内が子宮体癌の摘出手術を受けるという話をしたんだった

驚いたことに、今回までの2ヶ月間で、
手術→入院療養→退院→再入院→再退院というイベントが、
全て済んでしまっているのだ

手術が終わるのを姑と待っていたのも、毎日自転車で見舞いに行っていたのも、
退院数日後に、痛がる家内を見かねて病院に連れて行って再入院させたのも、
病み上がりを押して母の一周忌のために徳島まで飛行機で行ったことも、
全部2ヶ月間の出来事だったわけだ

時間が経つのは恐ろしい程に早い

老眼にもなるわけだ


年齢不詳な程に若々しいここの奥さんも、子宮の摘出を受けている
だから、奥さんも、とても心配していろいろと聞いてくれた

旦那がちょっとおっかないということもあって、奥さんとは何となく話し難かったのだが、
今回、家内の体のことで、初めてまともに会話したように思う

お勘定の際に勧められる、大きな丸いあめ玉
笑顔で送り出してくれるご夫婦にサヨナラ
また2ヶ月後・・・・

その頃は、もう年末に差し掛かっているのだ

それまでに、一体何があるだろう

人付き合いの皆無な人間にとって、床屋での1時間は、心の重要な拠り所だ


誰かと会える
それは本当に幸せなこと
そういう時間を、人は本当に大切にしなければならない

しかし、慣れれば、その大切さを忘れてしまう

「当たり前な日々は今しかないかも。」

それは、大切なものを失って、初めてわかる心の嘆き

どんなに大声で呼び戻そうとしても、振り返ることすらない


誰にでもある、最高だった日々

あのころに戻りたい・・・・

変われない自分を、時間と季節は容赦なく追い越していく

待って

置いていかないで

愛しい日々が懐かしくて胸がとても痛い


どんな夜でも、朝は来る
あの朝の明るさが、妬ましい時だってある


少し酔ったかもしれない

2011年9月29日 (木)

キーボードとマウスの新調

長らく、有線の106キーボードと光学式マウスを使ってきた

キーボードはPS/2接続、マウスはUSB接続の物である

キーボードは、初めて買った三菱のパソコンの付属品の出来が悪く、
ストレス無く入力できるキーボードを探していて、店頭で見つけた、
JKB-106Sという、今は無きJustyという会社の名品である

一部では今でも非常に人気が高いようだし、
私も非常に気に入っているキーボードである

使っていると、その人気もよくわかる
非常に滑らかな打鍵感、無駄を削りきった美しいデザイン
そして、大変にしっかりとした造り

さすが当時の日本製、ケタ違いの品質である

1万円前後の高価格だったにもかかわらず、迷わず買って、かれこれ10年
時々、分解してクリーニングしながら使い続けてきた

感触は幾らかぎこちなくなり、キーに印刷された文字はかなり剥げてしまったが、
それでも今なお打ち心地にさしたる不満はないし、デザインの魅力は褪せていない

他のキーボードに触れる機会も多いが、これ以上の感触には未だ巡り逢わないほどだ




それほど気に入っているキーボードなのだが、今回、新しい物を買うことにした




きっかけは、父のパソコンのリビングへの移設である


リビングにキーボードやマウスの配線が這っているのはみっともないので、
数日前に記事にしたとおり、無線のキーボードとマウスを買ったのだ

届いた商品のテストを兼ねて、それをこの仕事部屋で試したのだが、
そのときの印象が、すこぶる良かったのである


私は、3畳間という狭い部屋で仕事をしているのだが、
A1サイズの図面を扱うことも多く、そんな時は机上は図面で一杯になる
当然、キーボードやマウスは、図面の邪魔にならない位置で使うことになるのだが、
それが意外に広範囲で、線の長さが足りなくなったりしていたのだ

これが、無線だと、本当に苦にならない

線がないのだから当然なのだが、
実際に体験すると、その利便性は、ちょっとショッキングな程で、
今使っているキーボードへの愛着を凌駕するほどの魅力と優位性だったのだ


また、私の仕事は主にCADを使うので、それなりに作業精度を求めてしまう
特に、マウスの無線化は、精度に対する不安材料でしかなかったのだが、
今回試してみて、それが現在では杞憂でしかないことが判った



で、今回、無線のキーボードとマウスを買い揃えることにしたのである



父の物は、マウスで定評のあるロジクール社製のK260というもので、
キーボードとマウスがセットで2,700円あまりという安価さだった

その価格が魅力的だったから、同じ物を買おうかと思っていたが、
正直なところ、マウスが小ぶりで、CAD操作にはちょっと難があった
また、ちょっと調べると、将来の汎用性が無い製品だったことも判った

それらを解決した商品を探すと、1,700円あまりのK270というキーボードがあったので
これと、2,000円弱のM310というマウスをamazonで購入した


それらが昨夕届いたので、早速CADを操作してみた
今現在、A1サイズの図面を使って仕事をしている最中なのだが、
マウスについては、精度も操作性も品質も非常に満足である

今までのマウスは光学式だった
光学式は、かなり反射面を選ぶようで、マウスパッドを使わない私には、
動きに問題のある場面が少なからずあった
特に、図面の上で操作する際には、線のあるなしに影響を受けやすく、
ちょっとしたストレスを感じていたのだ

今回のマウスはレーザー式で、今のところ、具合の悪い反射面は無い
鉄板の上でも、木製の板の上でも、図面の上でもお構いなしでトラックしてくれる

指や手のひらに触れる感触もなかなか良いし、
気になっていた大きさも程良い

でも、大きさよりも気にしていたのは、実は重さである

無線式のキーボードとマウスは、当然ながら電池を内蔵しなければならない
CADはマウスを多用するので、マウスがあまり重いと、腱鞘炎になる
昔、実際に腱鞘炎になったことがあるのだ
ところが、無線式マウスは、高級品になると単三電池を2本内蔵する物が殆どだ
長寿命とか、動作をより安定させるための設計なのかもしれないが、これは頂けない

そこで、単三電池を1本内蔵するM310を選んだのだ

重量は、これまでのマウスより若干軽い程度
実際に操作しても、重さは適度だ
これなら、手首への負担も気にならないだろう


キーボードのほうは、さすがに操作感はJKB-106Sに敵わないものの、
やはり、場所とケーブルを気にせず操作できるのはありがたい

この記事も、これらを使って書いているのだが、
今のところ、無線にありがちな誤作動も全く起きていない



ただ、これまで使ってきたキーボード、JKB-106Sを引退させるのは惜しい
この使い心地は私にとっては特別なのだ

試しに、無線のキーボードとマウスを接続した状態で、JKB-106Sを操作してみると、
ちゃんと動く

これはラッキーだった

これなら、無線が不要な時には、JKB-106Sをそのまま使うことができるし、
無線機の電池の消耗も抑えられる



古き佳き日本製のクオリティを手放すことなく、新しい操作性が手に入った
それも、総額4,000円弱で、だ

ありがたい話である



これまで以上に、仕事が捗りそうな気分である


Sp1030386
JKB-106S+光学式マウス(奥)と、新調したK270+M310

2011年9月28日 (水)

また見舞い

故障して旅先から帰ってきた父を無視するわけにもいかず、
昨夕、様子を見に行った

脱臼経験者の家内によれば、脱臼自体は、嵌めれば治るらしい

確かにそのとおりのようで、痛みは残っているものの、
日常生活に困る状態ではなさそうだった

では、なぜ帰ってきたか

やはり、帰る時点では、現地での一人暮らしは難しい、と思ったようだ

帰ってきたところで、私は多忙で対応できないのだから、
一人暮らしになることが判っていたのに、
なぜそのように判断したのか尋ねてみると、
店舗が近くにあるから、なんとかやっていけると思ったそうだ
それらのサポートを、民宿が買って出てくれていたことについては、
細々とした用事まで頼む訳にはいかない、という

細々とした用事、という抽象的な表現の具体的な内容を尋ねると、
それについては、なんらイメージは持っていない
つまり、いろいろと言い訳を言っているに過ぎない

短期のサポート期間中なら、細々とした用事など無いのだ

転んだ状況について尋ねた
現地に到着したあと、居酒屋で夕食を摂ろうとしたそうだ
後に、今回のサポートを依頼することになる民宿に併設の居酒屋である
ところが、連休初日で満席
遅い時間に来てください、と言われ、それまでの繋ぎに、
スーパーで酒と肴を買って、実家で一杯やったそうだ
本人はビールをコップに一杯と言っているが、普段の酒量と状況から鑑みれば、
缶ビール一本は飲んでいる

その後、居酒屋に行って呑み直している
本人は、焼酎を2杯程度と言っているが、普段の酒量と状況から鑑みれば、
ロックで4杯は飲んでいる

決して酒に強いわけでもない75歳としては、明らかに呑みすぎだ

7月に心不全で短期入院した根本的な原因も呑みすぎだったので、
以降、食事を共にする際には、文句を言われる不利を承知で、
呑みすぎないように抑止してきたが、
ただの酒好きの兄しかいない状況だっただけに、
安着の安堵感も加わって、際限なく呑んだのだろう

口先では、コップ一杯のビールと、グラス2杯の焼酎と言いつつ、
普段に比べれば確実に飲過ぎている、とも言っている

挙げ句の果てに、寝る前には、普段半錠を服用している睡眠薬を、
倍量の一錠飲んだそうだ

で、夜中に小用で目が覚め、酔いと睡眠薬の効果によって、
体全体がふらつき、転倒
右肘を、壁がへこむほどに強打した衝撃で脱臼

まぁ、自制心の欠如が招いた、
起こるべくして起こった怪我である


怪我をした高齢者を虐めようとは思わない

しかし、自制心の弱さが招いた今回の事態について、
ある程度意見をしなければ、また怪我をしかねない

本人は、さすがに遠い目をして意気消沈、反省している様子だったが、
さすがに、気を悪くする風情もなく、素直に聞き入れていた


ただ、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが高齢者の悪癖

更に年老いていく親とのつきあいは、難しいものである

2011年9月27日 (火)

なんで・・・・

うわっ!!

昨日の朝、父が、覇気のない声で、
「やっぱり東京に帰ります。
 ベッドで寝起きしないと不自由なんです。
 昨日話していた内容と違う判断で申し訳ない。
 君らには迷惑は掛けないから」
と、電話をしてきたのだ

なんで一言も相談せず、そんな判断するかな・・・・

現地は、車で30分も走れば巨大なホームセンターがある
簡易ベッドぐらい簡単に手に入る環境なのだ
本当にベッドの有無だけが帰京の理由なら、
片道の高速道路料金程度で解決する出費は惜しくないだろう

しかし・・・・
悔しい哉、私には、そこまで「帰ってくるな」色を押し出せなかった

一体、現状をどこまで考えて判断しているのだろうか?

父が、迷惑が掛からない状態なら、帰ってくる理由はもはや無い
ベッドがない、ただそれだけで、湯治場から10時間も掛けて帰ってくるのか?

まったく理解できない

家内と、相談と検討を重ねた結果、
私が仕事の道具を持って、東京の実家に住み込むしかないだろう
との結論しか出せなかった


出来の悪い兄が、長野の諏訪湖まで帰ってきてから電話してきた

「周りに迷惑掛けたくないみたいだよ」

おい!
なんで出発前に電話してこないんだよ!バカ!!

温泉地で怪我人が湯治することのどこが迷惑なんだよ!
お前、ロクに面倒も見られないのに、この判断が適切だとでも考えてるのか!!!

そのような罵声が口から出かかっていたが、
3/4以上の道程を経てしまった後だし、
そもそも、判断力のない兄に、電話でそんな話をしても意味がない

あのバカは、なにも考えないで、父の思いつきに同調しただけなのだろう
東京に帰ってきた後のことなど、全く考えてないに違いない

兄はサラリーマンだから、今日は朝から仕事である
実家と別の場所で暮らしているから、昨日の晩のうちに帰っているはずだ

私としては、世話をしたくないわけではなく、今だけは出来ないから、
快諾してくれた民宿に多くを委ねようとしたのに

本人は、迷惑は掛けない、と言っているが、
マメな性格ではない後期高齢者の父の利き手が故障した以上、絶対に面倒は掛かる
掛からないのなら、帰ってくる理由はない

自分に残されている実力を、冷静に把握できていないのだろう
今回の父の判断は、どんなに考えても利益がないのだ

老人はキレると面倒だから、という理由で、
より有意な判断を推せなかった自分が悔やまれる



結局、私が対応するしかないのだ


なんでこんなにいろいろ・・・・

民宿にとっては、そこそこの売り上げの機会だったはずだ
父が帰ったことで、その売り上げも消えてしまった
いったんは依頼しただけに、糠喜びをさせてしまった


んーもーっ

万策将に尽きんとす、である

2011年9月26日 (月)

苦渋の選択

この連休から、父が和歌山の実家に短期移住した

温泉のあるその家で、一ヶ月ほど湯治生活の予定だった

しかし、到着したその夜に、転倒して右肩を脱臼し、
救急車で病院に連れて行かれるという事態になった
脱臼はすぐに手当てしてもらえたものの、入院するほどではなかったので、
右手を三角巾に吊られて、滞在先の実家に帰ってきてしまった

食事ぐらいなら自分でできるものの、日常生活にも支障を来す状態なので、
東京に連れて帰るから、面倒を見てくれと、
父の付き添いで現地に行っている出来の悪い兄が、相談の電話をよこしてきた


まったく、何でこんなにいろんなことが起きるのだろう

困ったことに、この時期、仕事と宅建の試験を詰め込んでしまったのだ
家内も、退院したとはいえ、病み上がりで満足な面倒も見られない

本来なら、帰ってくる父の面倒を見るべきだろう
しかし、どうにも対処できない以上、
帰ってきても、現地にいても、大差ない状況なのだ

暫く考えたが、どう考えても東京に帰ってくるメリットは皆無だった

そこで、発想を変えてみた


現地は、本来は湯治温泉地である

小さいながらも、旅館や民宿が点在している
シルバーウィークも終わって、閑散期に入ることだろうから、
懇意にしている現地の民宿なら、食事や風呂を用意してくれるかもしれない

すなわち、帰ると言う父に、帰ってくるな、と言うのである

さすがに、この発想は良心の呵責に直面したが、
客観的に判断すれば、東京に帰ってくるよりも明らかに有意だ

その旨、父と兄に打診すると、特に異論はないようだ

民宿に連絡を取ると、幸いにも快諾してくれた
洗濯の面倒も見てくれるそうだ

海の端の、静かで温暖な温泉地で、ゆっくりと怪我を癒してもらいたい

10月の下旬には、私が父を迎えに行くことになっている
その時には、民宿にお礼を持っていかなければなるまい

この民宿を切り盛りしているのは、ほぼ同世代のご夫婦である
こちらは、特に何も言うまい
しかし、一緒に働いている父と同世代のご両親には、
説教の一つぐらい言われることを覚悟しておかなければならないだろう

客観的に見れば、親の世話を放棄したとも取られかねない判断だからだ

それでも、今回はこのように判断せざるを得なかった
まぁ、私が後ろ指をさされるぐらいで済むなら、何の苦でもない

家内にとばっちりが来ないことを祈るのみである

2011年9月25日 (日)

ガレージ解体

台風15号で壊れてしまったガレージの屋根を撤去した

台風の翌日の午前中にほぼ撤去し終わり、午後の早い時間には部材単位で一応片づけを終えた

我ながら、簡単に造ったものだと感心する、というか呆れる


しかし、この開放感も悪くない


Sp1030385
屋根撤去。青空が眩しい


遮光性を狙って、波板にブロンズ色のポリカーボネートを使っていたので、
屋根があったときにはいささか暗かったのだ
それに、表面がフロスティ加工されていたので、風景も見えなかった


ただ、屋根があると、車の塗装が痛まない、という点は確かだし、
雨の日の乗り降り、荷物の出し入れにも重宝する

屋根下は、洗濯物干しにも活用していたし、早急に復旧したほうが良さそうだ


ガレージのスパンは3.4m、長さは4.8m程だ
3.4mのスパンに対して、直径28mmのイレクターはいささか細すぎた
今回の破壊と解体で判ったが、専用接着剤で接着した箇所の強度も頼りなかった
こんどの冬、雪下ろしが少しでも遅れれば、破壊は免れなかったかもしれない

接着に頼らず、かつ、より材料強度に優れて加工しやすく安価な材料となると、
やはり、2x4材以外は考えられない


市販の2x4材と、これまで使ってきたイレクターを上手く使って、
安く、これまで以上に丈夫な物を組み上げようと思う


P1030384
赤蜻蛉がとまる解体前のガレージ

2011年9月24日 (土)

祝いの品

以前、記事で紹介した現代工法の住宅が竣工した


新築祝いを持って、個人的にお祝いとお礼をしに行こうと思っている

何がいいかなぁと、思いめぐらせる
寒々しい懐と相談しつつ、選んだのは、梅干である

贈り物には、あれが良いとかこれはダメとか、いろいろ説があって、
新築祝いに梅干という選択も、もしかすると何かケチが付きそうである
無くなってしまうものだから、火事で焼失とか抵当で喪失を想起させる、とか、
「なくなる」から「亡くなる」を想起させるとか・・・・

でも、そんなことを気にしていると何も出来なくなる
なくならない物なんてこの世にないし、
亡くならない人なんてこの世にいないのだ

だから、誠意を込めて、気にしない


選んだ梅干は、紀州南高梅の蜂蜜漬である

実は、私の父の母の姉妹の子のお婿さんが、梅干し店を営んでいるのだ

つまり、私にとってはちょっと遠い親戚にはなるが、
私の家系が本家筋にあたることもあって、法事にはほぼ必ず来て下さる
ここ最近は法事も増えたから、ちょくちょくお会いしている

今月の母の一周忌には、地元の用事と重なってお見えにならなかったが、
参会人数分の梅干折り詰めをお供養として納めて下さったし、
昨年の葬儀には、和歌山から東京郊外まで、日帰りでお焼香に来て下さった
葬儀のお香典返しにここの梅干を採用していなかったとしても、氏はお越し下さっただろう

そのお香典返しの梅干も、大変に喜ばれた

南高梅の梅干といえば、今やとても有名になって、
たいがいのスーパーで売っているのを見るから、珍しいというものではなくなりつつある
が、身内が製造販売しているもの、となれば、話題のネタにもなるし、
なにより、品質に絶対の信頼を置くことが出来る

お口に合えばいいのだが


私は、仕事が終わった後も、出来る限り個人的にお付き合いを続けたい派である

勿論、相手先がそれを好まないことも多々あるのだが、
それは、雰囲気や受け答えでちゃんと判るものだ

今回の御施主さんは、永いお付き合いは難しいかもしれないが、
多少の間なら、個人的にお付き合い出来そうな雰囲気である

非常に深いお付き合いになった家が、実はこのお宅のご近所にある
修業時代に手掛けたお宅の建て主さんだ

先日も、梨狩りに行ってきたからと、梨好きの私にわざわざ梨を届けに来て下さった
先月には、お庭に物置を置きたいからと、購入から設置までのお手伝いに行った

修業時代に手掛けた家は、全て伝統工法系の、無垢の桧杉松で造った家だ
お邪魔すると、その木の香りの溢れる中で、4歳になる娘さんが、
何ら特別な意識を持たずに無邪気に遊び回っている
それを見るたびに、良い家だなぁ、と惚れ惚れする

かといって、不思議と、自分が設計図を手掛けたという当事者意識は湧かない
実際に作るのは、大工さんだからだと思っている





昔、別の物件を施工していた大工さんに、

「設計屋は一部分だけ書いてりゃいいけど、俺たちは全部造んなきゃなんねえんだよ」
と言われて、これは勉強しないと、施工者と対等に話も出来ないと思ったものだ

私には図面は書けても建物を建てる腕はない
しかし、大工さんは、図面など無くても建物を建てられるのだ


所詮、設計屋など、たいした存在ではない



口伝えで聞く分には、建て主さんは今回の住まいを大変に気に入って下さったようだ
ありがたい話である

ちょうど秋の彼岸に入ったので、お彼岸が明けたらお祝いに行こうと思う

完成したばかりの、荷物を運び入れていない、所謂完成写真は撮らず終いになったが、
その際には、差し支えなければ、荷物の置かれた生活色の付いた写真を撮らせて頂こう

2011年9月22日 (木)

被災!

台風一過の今朝は清々しいが、
昨夕の台風15号の風の吹き方は、ここ最近のものとは明らかに違っていた

ラジオでは、勢力を弱めずに上陸したのは199x年以来とか言っていた
そうそう、昔はこんな感じだったなぁ
最近の台風は、ここ埼玉では大人しかったのだ

矢崎のイレクターで作った屋根にとって、初めての本格的な台風だったが、
雪にも風にも耐えてきたこの手造りのガレージが、ついに破壊されてしまった


Sp1030383
!!(゚ロ゚屮)屮


派手に壊れたものだ


建物に固定していた部品が破壊されたのが、破綻の始まりのようだ


矢崎さんの名誉のために言っておくが、
これは、イレクターで作った屋根が台風に負けたことを報告しているのではない
私の稚拙な設計と施工が招いた結果である
きっと、ちゃんと設計して施工すれば、今回の台風にも絶えられたと思う



破壊後、強風の中、紐で樹木に括りつけたが、
それでもよく飛んでいかなかったものだ
飛んでいったら大変な迷惑になっていたところである
地植えの樹木は強い



さて、どうしようか・・・・

この材料を使って、もう一度組み直すか、いっそ屋根なしでいくか
屋根なしだと車が傷むんだよなぁ

いずれにしても、解体して保存しなければ


ま、出来に不満な点もあったので、いい機会だから考え直してみよう



みなさんは大丈夫でしたか?

2011年9月21日 (水)

忙しくなって

仕事が入ってしまった

仕事と家事の両立はなかなかハードなうえ、
来月半ばまでは宅建の試験勉強もやりたい
畑も放っておけないが、悪天候もあって何も出来ていない

在宅勤務というか、自営の最大の難関は、気持ちの切り替えである
通勤をしないから、一日中環境が変わらない
意識を持って気持ちを切り替えないと、ずっと一つのことにかまけてしまう

やるべきことが複数あるときは、気持ちの切り替えが一番難しい

洗濯や洗い物、料理などは、比較的短時間で終わる
それに比べて、仕事や勉強は長時間向き合うもの
私の場合、ついつい、短時間の用事を後回しにしてしまい勝ちなのだ
でも、長時間掛かる畑仕事も後回しになってしまっているなぁ
畑にはかなり雑草が生えてしまったし、秋の種まきもしていない
まずいなぁ・・・・

一人暮らし然とした生活だが、
こういう切り替えが必要という点で、通勤のある生活とは大きく違う

家内は病気、父は高齢、姑はもっと高齢、兄は役立たず
加えて自らも心臓に爆弾を持っているうえに性格上の問題もあるとなれば、
就職や通勤という生活には相当戻りにくいことは自覚している
いや、そういう生活が嫌だったんだ。忘れてた

今のやり方になったのはそれなりに必然だったのだ
歳も歳だし、これでなんとかやっていかなくてはならない


仕事の発注元は後輩である
これまでこいた幾つかのヘマを突っ込もうと思って打ち合わせに行ったが、
途中から後輩の上司が加わってしまい、今ひとつ突っ込めなかった
楽しみにしていたのに・・・・

悠然とした雰囲気と、なんか幸せそうな表情が気に障る

どんだけ拙い判断ミスをしたのか分かっているのだろうか



あぁ、女に癒されたいなぁ

2011年9月20日 (火)

テレビをPCモニタに使う

父のパソコンには、長らくCRTを使っていた
21インチという大画面のフラット管で、なかなかの高性能だったからだ

しかし、さすがに不具合の兆候が出始めたと、先日来聞かされていた

暫く、どう対処すべきか考えていた



パソコンは2階の部屋に置いているが、
普段は、その真下のリビングで過ごしていて、そこには去年買ったAQUOSの42インチがある
背面には、PCモニタの入力端子が備わっていたので、
PCをリビングに移設し、テレビをモニタに使うことを提案していた

なんとなく、すんなり受け入れようとしない父だったが、
リビングに置くにあたって、見栄えと、不慮の事故を防ぐために注文しておいた、
無線のキーボードとマウスのセットが届いたので、
昨日、半ば強制的に、移設しに行った

パソコンの設置と管理は私がしているので、配線や接続の勝手も知っており、
移設には困らず、ほんの15分ほどで、本体をテレビに接続できた

42インチのAQUOSにWindowsXPを映し出すと、笑ってしまうほどもの凄い大画面である
テレビをパソコンのモニタに使う、ということが今ひとつピンと来ていなかったようだが、
あまりの大画面故の見やすさに圧倒されていた

無線のキーボードとマウスも快適なようだ

今までパソコンを置いていた2階の部屋は、私の部屋だった
だから分かるのだが、その部屋は非常に暑い
わざわざ階段を上がって、暑い部屋でパソコンを操作していた父は、
もう、2階でパソコンをやるなんて考えられない、と非常に喜んでいた

最後に、10mの電話回線モジュラーケーブルを買い足し、
インターネット接続をして、PCの移設が完了
実質の作業時間は1時間も掛かっていない

簡単だった



しかし、無線のキーボードとマウスも安くなったものだ
今回買ったものは、ロジクールという有名なメーカーのものだが、
電池も付属していて、amazonで2,800円でお釣りがきた
操作感は安っぽいが、狭い部屋で大きな図面を相手に仕事をしている私も、
かなり欲しくなってしまった

それより、私のメインモニタ、シャープの19インチ液晶が、時折赤く変色する
うーん、買い換えたい・・・・が、そんな金はないなぁ

テレビをモニタに使うのは、父のように、一人暮らしの方ならオススメである
拙宅にも、26インチの液晶テレビがあるので、これをモニタに使うことはできるが、
家内がテレビを見たいとなったら、仕事に差し支えることになる


父が羨ましい

2011年9月19日 (月)

纏め役の不在を惜しむ

新宿の抜弁天というところにある墓に行くのに便利なのは、高田馬場から出ているバスである

昔は、墓が新宿にあるのだからと、無分別に新宿まで電車で行き、
歌舞伎町からバスに乗っていったのだが、
今や歌舞伎町はどこがバス停だか全く分からない状況だし、
だいたいあそこでバス待ちする気にならない

ところが、数年前、高田馬場から九段下行きのバスが、抜弁天を経由していることに気づいたのだ

高田馬場のバス停は歌舞伎町とは比較にならないほどちゃんとしたバス停だし、
バス待ちに使える本屋や喫茶店も多く、駅からバス停までも近いし、人も少ない
そして、始発だから必ず座れるのだ


お彼岸前で、我々以外お一人しかいない墓地での、一周忌の墓参り
花と線香を供え、水を掛けて、数珠を手繰り、またそのうち、と墓を出た

新宿の繁華街に出て、夕食まで時間を潰すことにする

出来の悪い兄が、我々を無視する形で姿を消そうとする
後期高齢者の父が兄を呼び止めるも、無視しようとしている兄が振り向くわけがない
私は父に、兄貴は聞こえないフリをしているのだから無視しなさい、と言ったが、父は信用しない
私には雰囲気でありありと分かるのだが、ご長男様への敬愛か、信頼か、父は気付かないようだ

伊勢丹会館の一階にあるBUNという喫茶店で、禁煙席を待ちつつ、兄に電話を掛ける父
喫茶店は遠慮する、という内容の会話を交わしたようだ

だから言ったのに・・・・


出来の悪い兄に無視されるのなんかどうともないだろうが、
それを次男が言い当てていた、それが気の毒である

そんなことを気にする父ではないが

グァテマラのストレートは不思議なほどに深炒りの味で、
豆を挽いているときの香りとまるで違った
売っているグァテマラはミディアムローストだった
まぁ、こんなものかもしれない


喫茶店から出ると、出来の悪い兄がベンチに腰掛けていた

父と家内は気がつかなかったようだ
私と目を合わせようとしないので、私は無視した

5分ほど離れた家電店を冷やかしている時に、父と家内は兄にやっと気がついた様子
45歳にもなって、家族とマトモに付き合えずふてくされている兄に、
私は、そんなに不機嫌なら帰れば、と言ってみた
勿論、金がない兄に、夕飯のご馳走を断る気概はない
今度は、私の声が聞こえないフリをしていた

情けない奴


車屋という肉料理屋に入り、しゃぶしゃぶを注文する
旨い肉だった

Sp1030382
店の前では、冬のファンタジーのカズンの古賀いずみが唄っていた
素人との違いは、声の
大きさと通りのよさである


こういう宴会の時、ついつい飲み過ぎる父に、
今回は思い切り横槍を刺して酒をセーブさせてみると、
ビール一杯と焼酎の水割り2杯で止めていた
たいてい、西武新宿のぺぺのバーにハシゴしたがるのだが、それも言い出さなかった
この酒量なら大丈夫。父も楽そうである

出来の悪い兄は飲み足りないらしく、改札口で別れていった

お好きにどうぞ


兄の態度は、私が父だったら勘当ものである
しかし、父は、ひたすら何事も起きないように受け流している
その真意を尋ねたことはないが、思い当たることがある

父の兄が、私の祖父に、勘当されているのだ
そればかりか、父とその兄は、明らかに馬が合わず、
普段のつきあいも殆ど無い状態だ

そんな、兄弟の仲が悪いことに忸怩たる思いでも持っているのか、
私ら兄弟に、そういう思いをさせたくないと思ってのことかもしれない

もし、そんな親心をして、父が兄になまずるく接しているのだとすれば、
それは誠に骨折り損なことのように思えるのだが、そこまで父に言おうとは思わない
兄は、そんなふうに思われるだけの存在価値を既に失っているのだが、
だからといって、父の気持ちを無理に変えさせる必要もないからだ

こんなのは、放っておくのが一番である


私は、出来の悪い兄の機嫌を取ってまで、家族の雰囲気を維持しようとは思わない
ただ、今日や先週の法事のように、どうしても家族単位で行動を共にしなければならないことがある

母が死んだことに悲しみは抱かないが、
こういう折には、家族の纏め役がいなくなったことを、非常に惜しく思う


墓から引っ張り出したい気分だ



しかし、死んだ者はいつでも暢気に笑っている

まったく、最後まで母には敵わなかった

Sp1030381
墓地の前。母よ、ここまで出てきて責任取りなさい

2011年9月18日 (日)

気が重く、眠れぬ夜

深夜4時半まで眠れなかったというのに、目が覚めたのは6時半

睡眠時間2時間となれば
さすがに寝不足のはずなのに、
晴れた朝の日差しと爽やかな空気のせいか、
眠気が消えてしまっている
若干
の手足の痺れとボーっとした頭、充満感と言えばいいような目の張りだけを感じる

洗濯機のスイッチを押し、家内の寝間から洗濯ピンチを持ち出す
ぐっすり寝ている家内が恨めしい一方で、先だって家事をしている優越感を楽しむ

誰にも評価されないけれど

この時期、7時台に干せば正午頃には乾いているから、
出かける前には洗濯物を畳めるだろう


今日は、東京新宿の墓に一周忌の墓参である

こちらは分骨ということもあり、寺の住職とは絡まず、墓参だけで済ませる予定だ


面倒なのは、その後に控えている食事だ

後期高齢者の父も出来の悪い兄も一人暮らしだから、
こういうときは食事につきあうことになる

家族だから、何かをしなければならないわけではないけれど、
一言で言って面倒くさい
むしろ、親戚や他人と話している方が面白いし、気が楽だ




9月も半分が終わった

宅建の試験まで一ヶ月になって、まぁ勉強はそこそこやっているものの、
今ひとつ足りていない感じが拭えずにいる

ここに至って、急がされそうな仕事の打診が来た

8月半ばに、いつでも始められるから準備してくれと返事しておいた仕事なのだが、
一ヶ月、何の連絡もなかったから、そのままお流れになると思っていた

勉強に没頭しようと思っていた目論見が狂ってしまった

多少プレッシャーが掛かった方が頑張れるかもしれないが




しかし、連休明けの火曜日に打ち合わせしたいという連絡を、
なぜ3連休初日の土曜午後8時前に、メールだけで送ってくるかなぁ・・・・

こんな危うい連絡で仕事が進むと思っているということは、
周りが甘い、或いは出来が悪いのかもしれないが、世間
なんてこの程度なのかもしれない


連絡や段取りがその仕事の殆どすべてだった、議員秘書という仕事をしていた父の子故か、
門前の小僧よろしく、こういった連絡の危うさは否応でも目についてしまう

ある意味、無駄な能力かもしれない



今となっては厄介なだけの父だが、現役の頃はなかなかの敏腕だった

仕方ない、今日も一杯つき合うことにしよう

2011年9月17日 (土)

帰着

徳島阿波おどり空港には、16:30頃到着した

空港ビルは
海に張り出した埋め立て地に建っていて、周囲はだだっ広い
駐車場以外には草の生えた空き地しかないのだ


ターミナルビルはコンパクトな造りだ

到着ロビーが一階、出発ロビーが二階

まぁ、それだけの空港である

それだけに、動線はシンプルに出来ている
ビルに入ると、左前方に手荷物カウンターがある
手荷物を預ければチェックインはおしまいなのだから、あとは出発まで時間を潰すだけ

エスカレーターで3階の出発ロビーに上がると、
土産物、喫茶、軽食などの店舗がそこそこの規模で出店している
珍しく無料で利用できる見学用展望室もあって、
私だけならば出発までそこで滑走路や航空機を眺めているだろう

が、後期高齢者の父と出来の悪い兄、家内を連れているのだ

・・・・

軽食店に入る
ついさっきまで、粗餐でビールや酒、焼酎を飲んでいたというのに、
後期高齢者の父と出来の悪い兄は生ビールを頼んだ
出来の悪い兄に至ってはおつまみのセットまで頼む始末

どうなってるんだか


私はホットコーヒー、家内はすだちハニーを頼む

唯一のマトモ人間だと思っている家内が、メールをチコチコやっている
こんな時に失礼だろ、と指摘しつつ様子を訊くと、
未だ入院中だと思っていた知人から、
見舞いに行ったけどいつ退院したのか?とメールが届いたのだそうだ

入院中にお見舞いに来て下さった方で、お見舞いのお品まで頂いたというのに、
退院の報告もしていなかったのか、と雷を落とした

それなのに、のんきにメールで返事をしようとしているので、
電話して謝れ!と再度雷を落とす

お願い。一人だけでもいいから、まともな人に傍にいてほしい・・・・


軽食店はガラス張りで、海からの着陸機がよく見える
在店中に2~3機の旅客機が着陸した

館内放送で、JALの羽田行きがオーバーブッキングしてしまったので、
別便に振り替えてくれる乗客を募集している、とがなり立てている
協力してくれる乗客には謝礼として1万円とマイレージのサービスを提供する、とも言っている


我々はANAだから、協力は出来ないようだ

うーん、機材故障で110分遅延のANAは1,000円
JALは乗り換えるだけで1万円

さすが腐ってもJALということなのか、
機材故障とオーバーブッキングでは問題の深刻度が違うということなのか、

とにかく、端的に言って、羨ましかったな



若干の遅れで搭乗案内が掛かり、行きと同じ席に収まる

東西に伸びる滑走路には、西日が鋭い陰影を作っていた



Sp1030375
夕日に輝く徳島阿波おどり空港とB737-800のウイングレット


昨年はJALだったが、機内の飲み物のサービスはすべて無料だった
今年のANAは、お茶とジュース一種類、水以外の飲み物は有料だった
コーヒー一杯200円
安いといえば安いが、機内にコーヒーの香りは漂っていなかった


世知辛い世の中になったものだ


素晴らしい晴天で、日本地図の大パノラマを満喫しているうちに、夜の帳の降りた羽田に着陸
第二ビル内のレストランで安着の乾杯を交わし、ダラダラとした与太話を繰り広げる

注文してから出てくるまで恐ろしく時間が掛かる店で、黒糖梅酒のロックが届くまで5分掛かった

黒砂糖を収穫に行っていたのかもしれない



これだから関東の店はダメなんだよな



空港からのリムジンバスは満席だった
兄は京急で帰ったので、バス乗車は3名
一人で座る父の隣になったのは若いお嬢さん

お気の毒に・・・・でも、そういう星の下に生まれたと諦めてね

父が9回連続のくしゃみを催す
はばかり無く前席の私に話し掛ける
「満席なので着いたらお話ししましょう」と黙らせる



うんざり・・・・


徳島には何度も行ったが、いつ行ってもなかなかいい所だ

気兼ねなく旅すれば、更にいい所かと思う

2011年9月16日 (金)

老眼と憧れ

普段から、100円ショップにはそこそこ入店するが、
たいていはたいした買い物もせずに出てしまう
期待した品質が得られないからだ

ところが、たまーに幾つも買うことがある

先日、廊下にカーテンを掛ける手段を探しに行った
突っ張り棒を見つけたので、これでやろうかと思っていたら、
カーテンレールそのものを売っていたので、ブラケットとあわせて買うことにした

すると、照明の提灯型の傘や、携帯の画面保護フィルムも目に入り、
あぁ今日は100円ショップの当たり日なんだなぁと感じながら店内をうろうろしていた

やがて、メガネコーナーで老眼鏡を見つけた
最近、とみに老眼が進んできたように思っていた
で、商品の能書きを見てみると、1.0という最も軽い度数の対象年齢が40~45歳となっている

なんだ、もう老眼でもおかしい歳じゃないんだ

そう思って、買うことにしたのだ
ついに、老眼鏡デビューである


メガネ売り場には、他にも、
昔、雑誌や漫画で広告を出していた、
視力が良くなるメガネも売っていた
レンズ部分が黒い樹脂で出来ていて、そこに小さな穴が無数に開いているものだ
これも、昔から試してみたい商品だったので、買ってみた


老眼鏡は、本を読んだりするには未だ強すぎるのだが、
細かい作業をするには非常に具合がいい
安っぽいけど、部屋でしか使わないお試しの老眼鏡ならこれでいい

視力矯正メガネも、なかなか面白い
ちゃんとピントが合うから面白いのだが、これで視力が良くなるのだろうか?
レンズ矯正ではなく、ピンホール現象でピントが合うことで、
レンズ体へのインパクトが異なるのであれば、何らかの変化があるかもしれないが

まぁ、いずれも100円で試せる人体実験である
しばらく経過を見ることにしよう



しかし、
老眼鏡を掛けるような人間が、
20歳そこそこの女の子を見て萌えたり、30歳前後の女性を見て惚れ込んでいてはいけないかもしれない
 
ドリフの面々が、恐ろしいほどに年下の女性と結婚するのを、気持ち悪く思っているではないか
 
しかし、私にも同じ志向が内在しているのかもしれない
いや、より正視に耐え難い、
潜在的な女性志向が内在しているな

家内につきあって女性服を見ているときなど、ウキウキ萌え萌えである

家内に着せることを想像して萌えるのではない
自分が女の子だったらこんな可愛いのを着て、素敵な男性にチヤホヤされたい
そういう気持ちで萌えるのだ
 
ただ、女装願望はない
先日、笑っていいともに、叔父だけどオネエで残念、とかいう看板で出てきた男性ぐらい、
可愛い女に化けられるのならそれもいいが、私には無理だ
私は、今の自分の形で女装しても何ら嬉しくない

下半身が大きくて、
むちむちと柔らかく太って、肌が絹のように滑らかで、
スカートとかブラウスが普通に似合う、普通に可愛い女がいい
 
生まれ変われるのなら、そんな女性として生まれ、生きたい



そういうこと
 


可愛い女性服を身につけている女性たちが羨ましい

老眼を掛けるおっさんの心は千々に乱れているのだ

2011年9月15日 (木)

法要と粗餐、接客の基本

ホテルの前で客待ちしていたのは、今や首都圏では見掛けなくなった、小型タクシーだった
間が悪いことに、他に一台もいない

荷物を持った大人の男女計4人を見て、運転手さんも申し訳なさそうにしていた

小型タクシーは、古い三菱ギャランシグマだった
トランクではLPGタンクが大きな顔をしていて、すべての荷物を詰めるのに苦労した
助手席に1人と、後席に3人が乗る
家内のキズを慮れば、小さいからといって中央座席に座らせることは出来ず、
私が中央に座ったが、
さすがに狭い

古い車だからか、乗り心地も悪い
地方都市の道路は、一歩でも脇道に入るとガタガタだ
また、吉野川の氾濫原だけに地盤沈下が甚だしく、小さな支流や水路も多い
小さな支流や細かい水路に差し掛かる度、
地盤沈下した軟弱な道路と、
杭のせいで沈下していない硬質なコンクリート橋の段差で、
上下に大きくバウンドした
しかし、マニュアルシフトのシンクロはさすがに上手かったし、
乗り心地は悪いものの、腰抜けバネの座席のお陰で、直接的な衝撃までは体に入力してこなかった

徳島城の東を抜ける左手に、国立の徳島大学がある
正門には、建築士試験会場と書かれた立て看板があった
そうだ、今日は二級建築士の製図試験日だったな、と遠くを思った

藍より青き吉野川を渡り、更に旧吉野川を渡ってすぐの鳴門市に、菩提寺はある

普通、住職の常住する寺は、街の目印にもなる存在だろう
しかし、大麻町西馬詰字杉堂という住所は、徳島市内のタクシー運転手の場合、一発で分かる人は稀だ

ただ、付近には幾つかの特徴がある
今回の運転手さんには、付近の道路に行き違い用の一方通行信号があることを伝えると、
見事に寺まで運んでくださった



一周忌には、九州の福岡から一名、大阪市内から一名が参列してくださった
参会者の経てきた距離はとても長いが、住職を含めても7名の小規模なものだった
ただ、今年は、名も知らぬ先祖の250年忌にも当たっていたので、
お経は少し長めだったし、卒塔婆は2本認めてあった

実家から持ってきた位牌とお供え物を住職に手渡し、祭壇に安置してもらう

心地
よい風が吹きぬけるものの、いささか暑い本堂の一隅での真言宗の法要
手に擦り込むシナモン系のお香が好きだ
焼香の香りも心地いい
数珠を手繰り、般若心経などを賛じて、読経は程なくして終わった

境内にある墓に、線香と水を手向ける

墓の背後の、祖父母の喜捨を称える石柱が目に入る
一金三十七万円也(祖父)
金襴袈裟一幅(祖母)
袈裟は分かる。納品の時の光景も覚えている。
しかし、37万円という半端な金額の喜捨は一体どういうことだろう
いつ見ても、不思議な金額の石柱である

その背後では、蓮畑に蓮の葉が
揺れている
我々、いや、私を黄泉の国へ誘っているように見える


一周忌(と250年忌)法要はつつがなく終わり、
毎回お決まりの粗餐の料理屋へ向かう

私と家内、兄は、住職の運転する車に同乗した

住職は、幼少の頃に通学したという田圃の畦道上がりの狭いコンクリート舗装道路を、
思い出話を織り交ぜながら、ゆっくり走ってくださった

途中、既に80年以上前に人手に渡った当家の跡を案内してくださった
今は農作物の茂る土地に、私はなんの感慨も湧かなかったが、
祖父は、何度も持ち主に買い戻しの談判を持ち掛けたそうだ
しかし、持ち主は頑として手放そうとしなかったという
なぜか分からない



やがて、ガードレールもない川沿いの細い道に、突然、廃線の踏切とガーター橋が顔を出した
と思ったら、現役のJR高徳線のものだった
夏草がびっしりと生え、レールもそれほど輝いていないその様は、廃線の雰囲気そのままだった
雰囲気があまりにうら寂しかったので、一人旅なら写真を撮っていたと思う
が、見慣れた地元の住職に、そんな風景が特別なものに見えるはずもない
目に焼き付けて通り過ぎると、暫くして料理屋に辿り着いた
ちょっとよっ亭というふざけた屋号の店だが、毎回、美味い魚としっかりした料理を出してくれる

関西のいいところは、だいたいどんな店でも、ちゃんと旨い食事を食べられるところだ

鯛と鮪、海老の刺身は新鮮だった
鰆の味噌焼きの風味も良かった
もずく酢、茶碗蒸し、鳴門金時の入った天ぷらなど、
どれもちゃんと旨い料理が運ばれてくる
まず不満が出ない、それが素晴らしい

というか、関東の店の外れの多いことが問題なのだ

そして、接客サービスの基本の水準が高い

今回、会食中に、どこまでタクシーを頼むのか、という会話をしていた
大阪からの参列者は高速鳴門まで
我々は空港まで
九州からの参列者はJR大谷駅までと言っていたが、住職が送って下さることになった
この会話を交わしている間、給仕で席に出入りしていた仲居さんがそれを聴いていたのだろう
会食後、店にタクシーを頼むと、何も告げないのに、
高速鳴門までと空港まで一台ずつお願いします、と電話をしていた

接客業と飲食業は、関西には叶わないだろう

ちゃんとしているが気軽な印象の懐石料理を堪能し、まずは九州からの参列者が住職の車で帰り、
一旦戻ってきて下さった住職が、挨拶を残してお帰りになり、
大阪からの参列者がタクシーで帰っていった

店の座敷を借りて礼服から平服に着替えた我々も、タクシーで空港に向かう
運転手さんは、徳島・和歌山に多い、ゴリラっぽい風貌の、明るい好人物だった

空港までは、一面の吉野川氾濫原である
湿地だから、水田の他、蓮田、藍田が多い
その中で、最近幅を利かせてきているのが、鳴門金時の畑だ

内陸の芋畑の中を走っている最中に、ゴリラ氏が言う

金時はの、海に近ければ近いほど美味いんじゃ
この辺の畑は5年に一回は土を入れ替えんと、ろくな芋が出きんよぉ、
水臭いんよ
海沿いの砂地でないと、美味しい芋は穫れんのよ
やっぱり一番美味いんは、里浦の芋やろうねぇ

里浦は、空港の北の、まさに海岸地帯である
そうか、鳴門金時を買うなら里浦産を選ぶべきなのだな



運転手さんの笑顔と"おおきに~"という明るい声に送られ、空港に降り立つと、
夕刻の近づく海からの風が心地よかった

徳島の朝

ハシゴしたバー煌での数杯が効き、正体も危ういままにベッドに倒れ込み、迎えた9月11日の徳島の朝


よく眠れたのかどうかさえよく分からない目覚め


ホテルのカーテンは良く出来過ぎていて、全く光が入らない
窓の外がすっかり明るくなっていたのに気がついたのは、7時半頃だった

アバンチュールの目覚めならそれでもいい
甘える女を優しく抱き寄せるのに、朝の日差しは要らない
絹のように滑らかで、羽二重のように柔らかな女の体は、
チェックアウトギリギリまで抱き寄せていたい
いや、チェックアウトなんて気にせず、愛し続けるだろう


Sp1030373
「アレが眉山よ」まろやかな女の声に酔う朝、なんて・・・・



が、法事を控えた朝である
礼服に着替えなければならないし、髭も剃らなければならない


ホテルの朝食をモソモソと食べ、コーヒーを何杯も飲み干すと、9時を過ぎていた

土産物店は、そろそろ店を開けているだろう
家内の患者仲間と、執刀主治医、私の仕事関係のための土産物を買いに出た

徳島では、空港以外で土産を買うのは久し振りのことだ
駅ビルの地下に立派な土産物店を見つけ、ひととおり品定めする
徳島の土産といえば、藍染め、すだち、そして和三盆糖だろう

執刀主治医は鉄ヲタである

JR北海道はムササビの可愛いキャラがあって、キオスクにはそのキャラ物が幾つか販売されていたから、
その類の土産はないかといろいろ探したが、

JR四国には独自キャラが無いようで、グッズも非常に少ない
我々がそんなコトしたって・・・・といった、四国の方々の奥ゆかしさというのか、
一種諦めのような雰囲気さえ感じた
鉄ヲタ系の土産は諦めよう

藍染めの小物入れ信玄袋、ハンカチが手頃だったが、何となく買いそびれた
すだちは土産物屋で買うと高い
和三盆を買おうと思ったが、品のない土産物店の包装でげんなり
和三盆の名店が、近くに直営店を出しているのを目にしていたので、そちらで見ることにする

駅前のホテルの一階で、小ぶりながら綺麗な土産物店を発見
ここで、執刀主治医に、すだちの調味料を買い求めた
小瓶で、押しつけがましくない外観が気に入った
この店に並ぶ藍染め製品は、品揃えも価格も、駅地下に比べると見劣りするものだったが、
駅地下に戻る時間も余力もなかったので、藍染めは諦めることにした

この土産物店の並びの、和三盆の名店、岡田製糖の直営店に入る
小さいながらも、流石に落ち着いた雰囲気が素敵だ
ここで、家内の患者仲間と私の仕事関係への、小さな和三盆菓子を買った

少し離れた所に、昔ながらの八百屋が店を開いていた
安いすだちを売っていたので、10個ほど袋詰めされたものを200円ほどで買った
すだちを安く売っているのではない
安いすだちを売っているのだ
徳島から遠く離れたこの辺りで売っているすだちは、いわば超高級品である
選別で落とされた普及品は、たとえば大きさがまちまちだったり、少しキズがあったり、
熟して黄色くなってきたりしているが、すだちであることに何ら変わりはない
自家用なのだからこれでいいのだ



思いの外鋭い日差しと、明け方に降った雨のせいで、10時にはかなりの蒸し暑さになっていた
家内の体力は極端に低下していて、もうダウン寸前である

ホテルに帰り、汗を流してから、帰り支度と法事の準備を済ませ、タクシーで菩提寺に向かった


Sp1030374
暑くなりそうな朝 新町川はひたすら穏やかに流れていた 

2011年9月14日 (水)

マツコ・デラックス

5時に夢中、という番組を楽しみに見ている

毎日日替わりでコメンテーターが出演しているのだが、
月曜日は、株式トレーダーの若林史江嬢とマツコ・デラックスである

昨日、辞任した鉢呂氏に関するマツコ・デラックスのコメントは、
世間相場と異なる、私と同意見で非常に痛快なものだった

マツコ・デラックスは、鉢呂氏が福島第一原発周辺のことを「死の街」と言ったことについて、
何も悪いとは思わない、とコメントしたのだ

私も全く同感で、徳島帰りの羽田空港では、その話で大いに盛り上がっていたのだ

他に、このような意見を一言でも発していた番組があっただろうか



本来あってはならない、人が一人も居なくなってしまったその情景は、端的に「死の街」だろう
 
そして、そんな状態にしてしまったことを、氏は、国政に携わる一人として、申し訳なく思っていたに違いない
 
このまま死の街として放棄してしまう訳にはいかない、活気ある街の姿を取り戻さなければならない、
本来の姿を取り戻したい、そう強く思ったはずだ
 
常人ならそう思うはずで、鉢呂氏も恐らく常人のはずだ
 
会ったことはないけれど、
彼を常人でないとするならば、選出した北海道民をそう評することにもつながるから、
そこは多くの道民が担保してくれている彼の人間性を信じたい
 





5時に夢中は、下ネタが多く、ふざけた印象を受けやすいし、事実その側面も否定できないが、
コメンテーターの発言の自由さにおいて、非常に健全な番組である

マツコ・デラックスの今回のコメントに関しては、もしかすると以後何らかの反響があるかもしれないが、
その情報源である、議員に群がる記者のレベルの低さを差し引きしなければ
議員諸氏の発言の真意を理解することも、恐らく出来まい

惜しむらくは、鉢呂氏は辞めてはならなかったのだ
辞めたら、本当に軽口で「死の街」と揶揄したことにもなってしまう
言い訳がどんなに薄らみっともなくとも、常人が常識的に思うことを、
冷静に、伝えるべきだったのだ


秘書の能力が足りなかったのだろう

徳島の夜

徳島阿波おどり空港は、市街地から10km程離れている

タクシーの運転手は、関西地方人特有の人当たりの良さで、親しげに話し掛けてくる
今回の運転手さんは、阿波踊りについて熱く語ってくださった

氏曰く、阿波踊りは、有料桟敷を作ってから面白くなくなったそうだ

阿波踊りは、「連(れん)」という団体単位で踊られているのだが、
これが近年のように整然とした踊りを見せるようになったのは、桟敷が出来てからという


テレビでも撮られるようになってしまって、そこでしか踊らなくなってしまったのだそうだ


本来、街のあちこちで、誰彼となく踊っていたのが阿波踊りだそうだ

阿波踊りには男踊りと女踊りがあるそうだが、
女踊りは整然としているもので、男踊りは滅茶苦茶バラバラなのだそうだ
それが、最近では男踊りも整然としてしまい、その中で女性も踊るようになったのは由々しきことらしい

風情があったのは30~40年ほど前までだったこと、
今も風情が残っているのは、徳島市内でも津田という港町の阿波踊りだということ、
結婚式などで有名な連に出演を依頼すると30万円程度掛かるということ、
名人が男女2名いて、お二人とも同じ名字(四宮さん)ということ、

まぁ30分ほどの間、思いの丈を機関銃のように話してくださった

飛行機が遅れたことなど元から気にも掛けていなかったが、
氏のおかげでさらに楽しい徳島入りとなった


市内のホテルに荷物を置いてから、駅前の「えび一」という料理屋に夕食に出かける
気軽ながら、ビシッとした活け作りも出してくれる、徳島での我々の定番の料理屋だ
生前の母とも行った
鳴門鯛の活け作りや、活け車海老の湯引き、
イカやタコ、ウツボを使った小料理から、隠れた名産"ぼうぜ"の塩焼きまで、
地酒を相手に徳島の美味を堪能した

母が好きだった、駅ビルの最上階にあるバーにハシゴ
去年は台風の影響で天気が悪く、店も空いていたが、
今年は天気もよかったせいか、なかなかの盛況だ

合コン流れと思しき二十歳そこそこの男女グループがいたが、
男子は冴えなくて、女子はみんな可愛かった

そんなつまらない男相手に呑んでないで、オレと呑まないかい?

そう声を掛けたくなる衝動が口元まで込み上げた

しかし、私から見れば心底詰まらない男に入れ込む女もいる
そんな女に、何を言ってもムダだ
きっと、彼女達だってそうだろう

おまけに、こちらは後期高齢者の父と出来の悪い兄、家内まで連れていた

旅先のアバンチュールなんて、幻想でしかない


徳島駅は非電化である
18階の窓からは、架線や架線柱に遮られることのない、
投光器の水銀灯を銀色に反射するレールが美しい
夜も更けて、車両を入れ替えているその動きが、程良く目を楽しませてくれる

いつの間にか、例の女の子たちも帰っていた



晴れて眺めも良かったから、去年の雨模様よりいいだろうと思ったが、
このバーは雨模様のほうが似合うようだった

2011年9月13日 (火)

ニュースにならないトラブル

航空機は、よくできた機械である

騒音や排気ガス、人や物を運ぶ効率という点では褒められたものではないが、
機械としての出来の良さ、設計の行き届いている様は、たいしたものである

しかし、そんなよくできた機械でも、機械である以上は壊れることもある

41年近く生きてきて、航空機にもそれなりの回数乗ってきたが、
今回、初めて、搭乗機が壊れるという経験をした


この土日、母の一周忌の法要を徳島で行うことにしていた
それに向かうべく、羽田発15:35の全日空283便に搭乗した

その機材がトラブルを起こしたのだ

乗客全員が搭乗し、ドアを閉めて、
牽引車が機体を後退させ
一旦停止して牽引車を切り離す

姿勢制御
装置などの動作確認をする音と振動が幾つか聞こえた
エンジンの出力を調整する音も聞こえた

ところが、
ゴトン、コトン、という機械音と振動だけが終わらないのだ
私の席の真下で、その音は繰り返し鳴り続けている
何かがうまくいかなくて、何度も何度も再挑戦している風情である

あまり無いことだ


変だなぁとは思ったが、混雑を極める羽田空港のことだから、なかなか管制の許可が下りず、
その間、舵などの作動を確かめているのだろうとも思っていた

しかし、一向にその機械音は終わらなかった
これは何か不具合があったのかもしれない、と思った頃、CAさんが、
当機は出発が遅れております、
とアナウンスした

やがて、
当機には不具合が発生しておりますが、詳細は未だ判っておりません
わかり次第お知らせします

そのうち、

当機は一旦戻って不具合を点検致します
もう暫くお待ち下さい


牽引機が再度、発着ゲートまで航空機を戻すと、作業員が機体に群がった


すでに離陸時間を過ぎた航空機の外で、作業員は慌ただしく動いていたが、
ついには、

当機は不具合を生じ、離陸を断念致しました
お急ぎのところ大変ご迷惑をお掛けしますが、
別の機材にお乗り換え頂くことになりました


旨のアナウンスとなってしまった



Sp1030372
故障した航空機から。機材はB737-800


ドア付近で乗客を見送る、CAさんの平身低頭さが痛々しい


私は先を急ぐ身ではないから、面白い体験が出来たと喜んでいたが、
時間に追われている乗客には、
厳しい叱責(というか八つ当たり)の標的にされてしまうことも少なくないだろう


搭乗待合室で待っていると、乗客たちが電話しているのが聞こえる
「あきませんわ、飛行機壊れてしまいましてな、未だ飛びしませんねん」
と連絡している男性が居れば、
「コンサートに間に合わないのでキャンセルしてください」
と依頼している女性も居た


改めての出発は17:20分とのこと
正規の時刻から110分遅れである

A
NAは、このお詫びとして、1,000円分の使用権を与えてきた
1,000円ぽっきりかよ、と思ったが、まぁ言っても仕方がない

ところが、搭乗待合いにはスタバしかなく、土産物屋も一軒しかない
スタバでコーヒーを飲む時間はないし、そもそもスタバのコーヒーは不味い
仕方がないので、お菓子を買わせてもらった


程なくして搭乗した代替機は、当初のものより明らかに綺麗だったし、
機械音も非常に滑らかだったので、これならいいか、と幾らか気分も良くなった

それに、離陸時に滑走路の脇で散々待たされる羽田で、
タクシーウェイから一時停止することなく滑走路に入り、即座に加速して一気に離陸したのも気分爽快だった

天気も、陸上こそ雲が多かったが、
駿河湾、話題になっている浜岡原発、天竜川、浜名湖、渥美半島、伊勢志摩などが見渡せた


徳島空港に南東から着陸する今回のルートでは、紀伊半島上空を下降しながら通過する
ひどい降雨災害を受けたばかりの半島は、その日も厚い雨雲にすっぽりと覆われていた
晴れていれば、半島南西部の実家を目視できるのだが、何も見えなかった
 

非常に滑らかな機関音で飛行を続けたANA283便は、
ほぼ2時間遅れの18時40分頃に、無事、徳島阿波おどり空港に着陸した

まぁ、滅多に遭遇しない経験が出来て、面白かったな





それにしても、羽田の第二ビルからA滑走路までは長すぎる
なんで、目の前のC滑走路を使わないのだろう
それに、滑走路というのは舗装が下手糞で、航空機の足回りではその凹凸を吸収しきれず、
ゴンゴロゴンゴロという結構な振動となって機内を揺らすのだ
腹を切って間もない家内は、その振動を「拷問だ」と言いつつ、半笑いで絶えていた

第二ビル自体は綺麗ですいていて快適だっただけに、あの"ゴンゴロゴンゴロ"が惜しまれる


Sp1030370
床がテラゾというレトロ趣味な第二ビル

2011年9月10日 (土)

眠れない日々

拙宅は、13坪にも満たない狭い貸家である
貸家としてはそこそこの広さかもしれないが、決して広くはない

これまで、普段は家内と同じ部屋で寝ていたわけだが、

退院した家内のキズは、触られると未だに痛むので、寝相の悪い私と家内は近くでは寝られない

なので、今私はこの仕事部屋で寝ている


座椅子を広げて敷布団代わりにすれば、寝心地自体は悪くない

しかし、この
3畳の仕事部屋は北向きである
 
窓にはレースのカーテンこそ吊っているものの、遮光カーテンはない
 
雨戸のついている窓だが、両袖の付いたスチール机と洋服の抽斗の並べ方が災いして、
窓を十分に開けられないから、雨戸
を引くためには外に出なければならない
だから、つい面倒がって雨戸は使わない
 
おかげで、北側の並びの家に反射した朝の日差しが、燦々と部屋を明るくしてくれる
北側の部屋は、南側の部屋よりずっと明るいものなのだ


そのせいか、毎朝5時前には目が覚める


寝心地自体は悪くないとはいえ、
身長176cm体重70kgの男が、幅60cm程の座椅子に寝るのだ
部屋には洋服箪笥まで置いてあるので、まさに「寝て一畳」状態であり、窮屈な姿勢は免れない

結局、ぐっすりとは寝られていないのか、目覚めもスッキリしない



ただ、どちらかといえば朝方人間の私と、明らかに宵っ張りの家内なので、
別々に寝ること自体は理にかなっている

新聞に目を通したり、洗濯してそれを干したり、朝食を準備したり、
このように駄文を綴ったり、時には仕事をしたりと、
寝ている家内を気にせずいろいろ出来る朝の一人の時間はなかなかに有意義だ


しかし、とにかく伸び伸びと寝たいものだ

まぁ、日差しの件は面倒がらずに表に出て雨戸を閉めればいいだけの話だが、
眠くなってから、雨戸を閉めるために外になど出ると、眠気が覚めてしまうし、
蚊に刺されて不愉快な思いもする


あぁ、やっぱり嫌だな




しかし・・・・


遮光カーテンを付けている寝室で一人寝ているときも、
5時過ぎには目が覚めていたなぁ・・・・



・・・・目が覚めるのは、年のせいか?



もう完全に老眼だしなぁ・・・・









今日明日と、母の一周忌法要に徳島に行く
ホテルでは寝られるかなぁ・・・・

民間解放の暗部(2)

まただ

また、言ってきた注文を取り下げたのだ


ことの発端は、民間会社が、神奈川県のとある協会の問答集を楯に、それに従え、と言ってきたことにある

私が見る限り、その解釈は滅茶苦茶なもので、
むしろ危険な解釈が為されているようにさえ感じられるものだった

勿論、そんな不条理な解釈であっても、現場が神奈川県なら、それを意識するべきだろう

しかし、現場は埼玉県なのだ
そして、
私が調べた範囲では、埼玉県にこの件に関する例規はない

神奈川県の協会の考えを参考にしてもいいが、従う義務はない
少なくとも、こうしろ、というような指示の根拠としては無力である

そこで、民間会社に、担当の役所に問い合わせて確認するよう提案した

その間に、私はインターネットの力を借りて、
三重県のとある市に、神奈川県の協会のものとはいわば対極的な考え方、
つまり、私と同じ考え方の例規が存在していることを見つけ、
民間会社にそのページをFAXしてやった
そうしたら、
「こんな解釈もあるんですね」と宣ったものだから、もう参ってしまった

たった一つの、たかだか問答集を鵜呑みにするあたり、
やはり、法を扱う者としていかがなものか、と思わざるを得ない
他ではどのような解釈をしているのだろう?という思考が無ければならないと思う


翌日になって、民間会社の担当者のもとに、問い合わせた役所から返答があったそうだ
それによると、

埼玉
県ではこの件に関して答え(例規)を用意していないので、設計者の判断に委ねる、

とのこと



調べたとおりである



三重県の例規は当然に法律違反ではないだろうし、考え方としても非常に明快で無理がない
一方の神奈川県のそれは、不肖設計者ながら、考え方としてどうにも理解に苦しむ点がある

その私見を申し述べた上で、
民間会社が、神奈川県の問答集だけを楯に、埼玉の物件に法的指示をする気か、と訊いてやった

すると、社内で上司と検討した結果、三重県のとある市の例規に準じて頂いて構わない、と言ってきた


つまり、この件については、最初から指示が無かった、ということになったのだ


まぁそうでしょうよ



法の解釈というものには、時に、こういった多面性があるものなんですよ、
一つの経験にしてくださいね、と伝えて電話を切った



しかしなぁ・・・・

こんなにも脆弱な根拠で、役所と同じ仕事をして金を取っているのかと思うと、
もう、心底脱帽ものである


新しい知識を教えた分、幾らか寄こせと言いたくもなる


彼らの方が詳しいことも多かろう
いやむしろ、彼らの方が詳しいことは圧倒的に多い
私はそれに疑問を呈さない
しかし、彼らの方が疎いこともあるという自覚を持って頂きたいものだ

一軒の住宅で、この民間会社が法的に指示してきた件が、
たかだか一人の建築士の調査と主張によって、2つも取り下げられたのだから

左に寄る奴

思想の話ではない

あぁいや、一種思想の話でもある

交差点で信号待ちするとき、これ見よがしに左に寄る車が多い
全く問題なくすれ違うことができる道幅でも、とにかく左に寄って止まるのだ

なんだアレ

ナニか、「対向車にこれだけ配慮してるんだぜ」アピールか?

それとも、「これだけ左に幅寄せする腕を持ってるんだぜ」アピールか?


自転車や歩行者が通りにくくなったり、通れなくなることなどお構いなしである


アレを見ていると、バカだなー、と思う




それから、非常に広い交差点でも、十分な隅切りが為されている交差点でも、
左折するとき、とにかく一旦右に膨らんでから曲がる奴

反対に、狭い交差点なのに、右折するとき、とにかく内回りしてくる奴


なんだアレ

ナニか、「ドライビングテクニックが凄いだろ」アピールか?

それとも、「この交差点ではオレが一番偉いんだ」アピールか?


そういう車の殆どが、減速が足りない、または一切減速していないのだ
まぁ、減速したくないからそういう行為をするのだろうが、いずれにしても危険で下品な運転である


教習所で、巻き込み事故を起こさないように、左折時には左に寄って曲がれと教わったはずだ
埼玉県なら、右折時も巻き込みに注意して大回りせよと教わったはずだ

教習所の教えが万能とは思わないが、この点については異論を挟む余地はない

左折で大回りすれば、自転車や二輪車との巻き込み事故を誘発する
右折で内回りされると、同時に右左折できる広さの交差点でも、それができない


何も考えないで、漫然とそういう行為をしているドライバーが、物凄く多い
カーブミラーすら見ないで曲がってくる車のいかに多いことか



みーんなバカ

バカばっかりである


みんなが品のある運転を心掛ければ、道路はもっと心穏やかな場所になると思う

2011年9月 8日 (木)

民間解放の暗部

能率が悪くて非効率的な仕事というものがある


抽象的な記述になるが、
とにかく、当事者以外が間に挟まると、本当に能率が悪くなるものだ
それは、うんざりするほどの能率の悪さである


規制緩和の一環なのだろうが、役所でできる仕事を民間に解放していることがある
そういう民間組織に、ちょっと難しいことを問いつめてやるとどうなるか

結局、役所に問い合わせるのだ


おまえが判断しろよ、そういう権限を持って居るんだろ?


そう言いたくなる


私は、建築の分野で法的に必要な手続きがあれば、
それらはすべて直接役所で行い、民間は使わない

役所は、決済までに時間が掛かるとか、縦割り組織故に能率が悪いとか、色々言われているが
今までそんなことで困るほどの実害を受けたことはないし、
むしろ、何か法的解釈が必要になったときに、法執行機関である彼らとの折衝は明晰だ

一方の民間は、いざというときには役所にお伺いを立てなければ判断できないようだ
法文の解釈も、本当に分ってんのかよ!と突っ込みたくなる
一度など、本格的に解釈を間違った注文をつけてきたから、
担当者に、法的解釈と法文を明示して反論したら、あっけなく取り下げやがったことがある

今まで、その解釈で対応されてきた他の依頼者も依頼者だ
分かってて甘んじていたのか、分かっていなかったのか


まったく


だから、ちょっとでも解釈が必要な問題が生じると、びっくりするぐらい能率が悪くなる


一体、何のメリットがあって民間などを使うのか、私には全く理解できない



少なくとも、今の時点では、アホらしい、その一言に尽きるのである

2011年9月 7日 (水)

退院と再会と

退院の今朝、
一度目の入院をしていたときに同室だったお二人と、外来診察で一緒になった

家内と同世代の方は、今日外来でお見えになることを知っていた
外見からは70代にはまず見えないもうお一人は、今日お見えになることは知らなかった
70代の方は息子さんが付き添いでいらしたので、総勢5名
図らずも、同窓会のようになった

お二人は、家内が再入院していたことを知る由もなく、心底驚いていたが、
たまたま退院の朝の元気になった姿でお会いできたので、
過度にご心配をお掛けしないで済んだのは幸いだった

私が合流した時点で、家内の診察は終わっており、
他の方が診察に呼ばれるまで、再会に笑顔の花を咲かせていた


表情が曇ったのは、70代の方の診察中からだ

手術で切除した腫瘍の検査結果を知らされる診察だったそうだ

入院中の様子から、非常に心配性で心理的なダメージに弱いことは判っていた
診察があまりに長いので、これは結果が良くなかったのかもしれず、
そういった性格だけに、気落ちしているのかもしれないと
、気を揉んでいた

やがて、付き添いの息子さんが、我々に概要を説明してくださった
極めて初期ながら、癌が見つかったそうだ
年齢的な判断か、病状からの判断か、抗癌剤の投与による治療を受けることになるそうで、
年甲斐もなくお洒落なだけに、治療によって髪の毛が抜けることに相当ショックを受けています、
と語ってくださった

暫くして、診察室の引き戸を開けたその顔には、無理な笑顔が浮かんでいた

ベンチに座って、「ダメでした・・・・癌ですって」と零したその声は弱々しかった

案の定、精神的ダメージを強く受けていて、
抗癌剤治療を受けること、髪の毛が抜けてしまうことなどを我々に訥々と説明してくださるうちに、
涙を流してしまわれた

気丈にも、悲しみはすぐに飲み込まれたが


70歳を越え、ご主人も既に亡くされているナーバスな方が、
これから抗癌剤による闘病を始めるのは、辛く不安なことだろうと思う


皆さんとお別れした後、会計で遠目にお見掛けしたが、
放心状態による無表情が、気の毒でならなかった


一投目は入院を必要とするそうだが、
偶然にも、その日は家内の外来診察の日である

徳島での法事の後のことなので、徳島みやげでも持って行って、
勇気づけようと思っている


一難去ってまた一難というが、
一人だけの身の上に起こることばかりとは限らないのだな


たまたま、同室になった誼である

頑張って頂きたい

2011年9月 6日 (火)

短くも長き道程

今朝、主治医が家内を診察し、要件が整ったとして、明日、退院の運びとなった

子宮体と子宮頸部の切断箇所を縫合した糸に拒絶反応を起こし、
100cc以上もの膿を溜め込んでしまったことによる入院治療だった

再入院から12日間、最初の入院からはほぼ一ヶ月
過ぎてみればあっと言う間だが、その短い間に夏は去り、
今日の帰りは半袖Tシャツ一枚には寒い季節へと変わっていた

未だ残る痛みに不安は残るものの、状態は安定しているそうだ
ただ、週2回程度の外来診療を暫く続ける必要がある

実は、この週末、母の一周忌の法事を徳島で行うのだが、
できれば同席したい、と相談していたことを受けての
主治医の判断のようだ

つまり、仮退院の性質を帯びた退院、ということである


もし、悪化すればまた入院すればいい、という解釈なのだろう


私はもう慣れたが、再度入院ということになれば、その時家内は再び痛みに苦しんでいるわけで、
そうだとすればそれは気の毒な話だ

が、
素人の私が見ても、病状が快復傾向に転じているのは昨日や今日を見れば明らかであり、
このまま快復基調を維持するのではないかと思う

航空機や外泊にどこまで絶えられるか、不安の種は多いが、
それらはさておき、退院は一つの節目だ


一度目の退院の時に、看護師さんたちに何か御礼しなくて良いのか?と尋ねられた

私は、もし家内が医師や看護師さんたちに特別な恩義を感じていて、
御礼を「したい」のであればするべきだが、
した方がいいのかと迷う程度であるなら、する必要はないと答えた

結局、最初の退院の際には何もしなかったが、
今回、再入院して、医師や看護師との交流もより深まったので、ぜひ御礼したい、と言っている

新所沢に、大変に美味しい洋菓子店があるので、ここで焼き菓子などを選ぶか、
或いは、医師の懸命な処置によって参加が実現することとなる徳島の法事の際に、
名産品でも買ってくるか

いずれにしても、退院
後の外来の際に、持っていくことにしている

医師や看護師として受け取るのが難しいのなら、素の女性や男性として、
ほんの一口の気持ちを是非甘受して頂きたいと思っている


私が手術を受けた際は、看護師さんたちに本当にお世話になったと心から思っていたので、
何か御礼したい、という強い思いから、退院後の外来の際に、お菓子の箱詰めを持っていった
 
応対してくださったのは看護師長で、意外なことにすんなりと受け取ってくださった
ただ、「これからは手ぶらでお越し下さいね」と、以後を優しく辞退されただけであった


カブトムシが遊び、鴨が子育てする
、郊外の長閑な病院
患者と医師、看護師の交流が成就しますように・・・・


Sp1030363 Sp1030365

Sp1030332_2

快復基調

今日は、ベッドの上で座って本を読んでいた

医師からの言葉どおり、幾らか元気を取り戻しつつある


平日の面会時間は午後3時から8時までだ

尿カテーテルが無くなって、再入院後、初めて管の生えていない状態で入浴したそうだ
余りの身軽さを喜んでいた
私の時もそうだったな
首と左腕に、幾つも連結された点滴のコネクタをテガダームだかオプサイトで貼り付け、
腹からは心臓に繋がる電極が出ていた
不自由だった


デイルームに移り、桃とサクランボのコンポートを食べる
台風は遠く離れたというのに、空は完全な雨模様
絵に描いたような雨のスクリーンが、雑木林を白く霞ませている


飲食による腸の動きが痛みを催すことに変わりはない
痛みはかなり軽くなっているが、昨晩は、弱い痛みが収まらずに永遠と続き、眠れなかったそうだ

それでも、随分と元気になった

元気になるとよくあることだが、文句を言うようになってきた
昨日はタオルを持って行かなかったのだが、
もう残りが少ないのに何で持ってきてくれないのか、とか、
持っていったコンポートのシロップが漏れていたのを見て、
ビニール袋か何かに入れなきゃダメだ、とか
向かいの患者が、病室の洗面台で髪を洗っているのは衛生上良くない、とか
まぁそれは良くないと思うが、自分が弱っていると、そういうことまで気が回らないのだ

こんなんだったら、弱っているぐらいがちょうど良い

良くなってきた証拠だね、なんて喜んでいる輩に同調はできない



昼下がりは、健常者でも一番ヒマな時間だ
病室でのその時間ともなると、深刻なほどの刺激のなさである
雨が降れば、コントラストも弱くなり、風景そのものが単調になる
見舞客も少なく、フロア全体が何となく静まりかえる

病人にはそんな一日が一番似合っているように思う


そういう物静けさを、大切にしてほしい

2011年9月 5日 (月)

冷製パスタを作った

今年、畑で育てていたトマトは、うまく実を実らせなかった

今日は何を持っていってやろうか、と考えて、
昨日帰り掛けにスーパーマーケットを覗き、トマトを買っておいた

買ってきたトマトを湯むきして小さく刻み、小鍋で焼き崩す
そこにアンチョビペーストを入れて・・・・
おっと、ちょっと入れすぎた。これじゃぁアンチョビソースだ

煮崩したところにガーリックパウダーとオリーブオイルを入れる

味の締めに塩胡椒

酸味に偏ったトマトで、甘みがない
アンチョビのせいで、かなり塩っぱく仕上がったが、仕方がない
これで良しとしよう


ラップをかけず、冷凍庫へ
麺が茹で上がるまでに、どれだけ冷えてくれるかな


開封済みのフェデリーニは150gあった
茹で時間6分とあるところ、7分茹でる
温製パスタは1分早茹で、冷製パスタは1分遅ゆでらしい

冷媒を放り込んで冷やしたボールの水に、
茹でたフェデリーニを投入する
水が濁らない
透明な冷水の中で、半透明のパスタが滑らかな曲線を描く
とても涼しげで美しい


充分冷えてくれたソースを掛け、
120g程度を私が昼食として食べ、30g程度を家内に持っていった

できたては、パスタがぷりぷりしていて、実に良い出来だった
ただ、ソースは
塩っぱい
トマトは酸味しかないし、アンチョビが多すぎる
男の作った、出来の悪い料理だ



台風も一息つき、銀色に光る雲を見上げながら病院に行くと、
今日は昨日にも増して元気になっていた
やっと、体力が病気を凌駕してきたようだ

尿カテーテルが無くなり、身軽になった姿でデイルームに行く
足取りも随分しっかりとしてきたように見える

冷製パスタを見せると、

お義母さんみたい


昨年の今頃、母にも、冷製パスタを作って食べさせた

150g残っていたフェデリーニは、母に作った際の残りだった
入れた器もその時のものと同じ

別に意図してやったわけではない
私は、冷製パスタか肉じゃがぐらいしか作れないからそれを作っているだけで、
入れる器も、それしかないからそれを使うのだ


「アンチョビがよく効いてるけど、
塩っぱい」


そのとおりだった




主治医の診断によると、退院の目処も立ってきたようだ
未だに痛みを孕んでいるが、医師には、好転する兆しが見えているのだろう

2011年9月 3日 (土)

残酷な未来 生の裏切り

今日は、幾らか調子が良くなっているかもしれない

そう期待して病室を覗くと、珍しく、幾らか調子の良さそうな顔をして寝ていた

お見舞いで頂いた、琵琶とサクランボのコンポートを出すと、
気分を変えたかったのか、デイルームに行こうと言ってきた
動くのさえままならなかった昨日までに比べると、随分な変わりようだ

デイルームは、南と西の二面解放のロケーションである
南からやってくる台風の雲が、 猛烈なスピードで西へと流れていくのが見える
時折ものすごい雨が降り、かと思えば雲の切れ間から強烈な日差しが降ってくる

病院を取り囲む檜やクヌギの林が、風に大きく揺れている
カラスや鳩が、翻弄されながら北へと飛んでいく

何組かの患者と見舞い人が、そんなめまぐるしく表情を変える空模様を話題の種にしている


デイルームの様子は、はす向かいのナースステーションからよく見渡せる
看護師長がやってきて、照明のスイッチを入れてくださり、
我々の近くまで来て、気候と体調の因果関係について話し掛けてくださった

見た目の全体的な印象より、ずっと若い感じの方だった

師長というのはなかなか気位の高い存在で、患者の前には、ここぞ、という時ぐらいしか現れない
この師長、家内が再入院した翌日、よく戻ってきてくださいました、と、枕元まで挨拶に来てくださったそうだ

そんな大げさな判断でこの病院に再入院したわけではないのだが、
師長のその挨拶は、何とも重みのあるお心遣いだった


機嫌が良さそうな家内だったが、コンポートを数切れ食べると、やはり、痛みを訴えた
痛みの頻度や継続時間、強さは改善傾向にあるようだが、
昨日までと変わらぬその反応を見ると、家内に限っては、台風や低気圧とは関係が無さそうだ

部屋に戻ると言って、30歩ほどの距離を、
ゆらゆらとした頼りない足取りで、2分から3分ほども掛けて戻る
海老
が痛みを抱え込むかのように、ベッドの上で小さく丸くなる

私には何も出来ない



行き
帰りの道沿いには、小学校と中学校がある
今日の行きには、中学生の下校時間と重なった
小学生に毛が生えた程度の一年生から、もう高校生と変わらぬほどに成長した三年生まで
友達何人かで固まって、楽しそうに家路を歩んでいる

この子たちは、これから様々な経験を経て、劇的に変わっていくだろう

綺麗になったり、逞しくなったり、狡くなったり、悪くなったり
出会ったり、愛されたり、別れたり、相手を苦しめたり


携帯から流れる岡崎律子さんは、もう何一つ変わらない
歳も取らない。音楽的方向性も変わらない。
イベントもない。新曲の発表もない。ホームページも更新されない。
誰かと結婚することもない。引退することもない。
これ以上遠く離れてしまうこともない。

して、死ぬことすらもない。


多くの人に、その死を惜しまれてはいる
私も、惜しいと思う
しかし、もはや、その美しい人が、私を裏切ることさえもないと思うと、
人の死は、そんなに悪いものではない

何一つ変わらぬ声で、珠玉の切ないラブソングを歌い続けている

その声は、私に大きな安らぎを与えてくれる
そこには、何らの虞もない
ただただ、変わることのない過去が、安らかに奏でられている


中学生の無邪気な姿には、変化という残酷な刃が透けて見える
どう変わっていくか、どんな裏切りが待っているか
可愛い顔をしている世の女性たちにも、生きている全ての人にも見えるその理不尽な刃物は、
私の膏を求めて、ぎらぎらとした切れ味を増している

信じていたのに
愛していたのに
大好きだったのに





肌の色が、より白くなっていく
痩せて、膝が目立つようになってくる
夕食は、苦しみつつも、8割方平らげていたが、
心なしか、ベッドの上で、その人影自体が希薄になりつつある


明日は、何を持っていってやろうかな・・・・

2011年9月 2日 (金)

快復せず

今日も、元気がなかった

痛みが続いているらしい

今日は主治医の診察があったようなのだが、
急な仕事が入り、それを済ませて病院に行ったら、
診察の結果を聞きそびれてしまった

本人に因れば、経過自体は順調とのことだったようだが、
痛みが引かないせいで、食が進まない
朝は半分、昼は1/3しか食べられなかった模様で、晩は1/4位で断念していた
これでは、体力が戻らない

ただ、持っていった梨は、美味そうに食べてくれた
夕食に出たグレープフルーツも完食
果物のような、水分の多い物が食べたいようだ
お見舞いで頂いた、琵琶のコンポートを食べたいと言っていたので、
明日はそれを持っていってやろう


再入院の家内は、他の患者と看護メニューが大きく異なるようだ
無論、患者それぞれ、必要なケアは異なるものだが、
看護師は、体温も、血圧も、他の患者のようには計ろうとしない
今日の準夜勤担当の看護師も、何かあったらすぐに言ってくださいね、と言うのみだった

看護師には、特別な指示事項でも達せられているのか、
一年目の新人の田中みなみアナ似の看護師に至っては、
同室の他の患者を看護しても、家内にだけは声も掛けてこないそうだ

我々は、彼女の朴訥な雰囲気と真摯な
向上心の虜なだけに、
そのような対応は大いに残念なのだが、
いつかまた、看護してくれる日を楽しみにしようと思う


いよいよ台風が近づき、明日以降、雨も風も強くなるようだ
台風となると、傘では全く役不足だから、バイク用の雨合羽の出番だろう

2011年9月 1日 (木)

畑の様子

オクラが順調だ

やわらか丸オクラ、みどり丸ノ助という名前の付いた品種だ

売っているオクラに比べると、角張が少なく、丸っぽい
甘くて肉厚で、大振りな実は食べ応え充分だった

一度に大量に実る品種ではないから、収穫を焦る必要もない
今回は7株育てたが、むしろ物足りないぐらいの量しか収穫できなかった
もっと育てても良いだろう

Sp1030360

アオイとよく似た美しい花が咲き、太い枝に大きな葉が茂る
観葉としてもなかなか魅力的な植物だ

見るにしても、食べるにしても、もう暫く、楽しませてくれそうだ
 


一方で、暴威を振るったキュウリは、先週後半から急激に勢力を失い、
多くの葉が消え、旬が過ぎようとしている

なすびも、実りが弱まってきた


双方とも、追肥を奢ってやったが、さて、持ち直すだろうか?

一進一退

一昨日の午後は快方に向かったものの、昨日は一日中横になっていた

座っていることもできなければ、長い時間寝ていることもできない
痛い思いをして起きあがったり、伏せたりしている

食事を摂れば、内蔵が活動し、患部を刺激する
量も内容も常食が出されているが、激痛に堪えながらなので、時間ばかり掛かる
1/4程の量を食べるころには、痛みに食欲が負けてしまう

旬が終わろうとしているなすびが穫れたので、焼いて持っていった
小さい実だったので、食べやすかったのか、
それとも、私に義理立てたかったのか、なすびは完食してくれた

食欲があるのが気の毒だ
蛇の生殺し、とでもいえばいいのか



熱が下がらず、食事も満足に摂ることが出来ない
体を動かせば痛みに襲われるので、病棟内を歩く程度の運動すら出来ない

嫌な痩せ方だ



台風が近づいている
時折激しい雨が降っている
こういう日の病院は、見舞いの人影も少なく、
曇り空で明るいばかりの病室は、うら寂しくなるものだ

傘をさして自転車を漕いで、今日も様子を見に行く
駐車場もあるが、雨だから、という程度の理由で、
わんさかとガソリンを燃やして排気ガスを出す気にはなれない

日々、車で営業や通勤をしている人って、その辺りどういう感覚なのだろう?

勿論、車でないと非常に効率が悪いとか、物が運べないとか、
そういう必然的な理由があれば話は別だが、
電車などの公共交通で済ませられる状況でも、車を使う人は実に多い
自分の行動が環境に与える負荷について、意識しているのだろうか?

そんなこといちいち意識していたら、仕事にもならないだろうが、
私は、そういう感覚が嫌いだ

そして、そういう日常を無意識に過ごしている人々は、もっと嫌いだ


病院の駐車場はもちろん有料だ
それをケチっているという側面は否めないけど、
駐輪場は無料だし、立派な屋根も付いている


自転車は
最高だ

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

フォト
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ