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2011年4月

2011年4月25日 (月)

キャンディーズの存在感

キャンディーズの実質最後のシングル「微笑がえし」の発売は、私が7歳の頃だそうだ

1970年生まれの私にとって、キャンディーズは興味の対象外だった
キャンディーズのファン層は高校生や大学生だったそうで
当時、小学校低学年だった私に、
キャンディーズへの特別な想いがないのも当然のことと思う


だから、あの3人にドキドキしたことも、目をハートにしてテレビや雑誌にかじりついたこともない


「微笑がえし」という歌については、その存在すら知らなかった


キャンディーズの歌詞は、ですます調が多い
甘い恋を唄う「年下の男の子」も、別れを経験した人に贈る応援歌「春一番」も、
ファンへの恩返しといわれる、この「微笑がえし」も

好きな女性に、ですます口調で接せられると、なんだかすごく冷たく感じる
「タメ口きいてよ」なんて、ねだったりする

まぁ、たいていは聞き入れてくれないけれど


綺麗で可愛い、みんなの心の恋人は、とろけそうな笑顔を浮かべつつ、
ですます調の歌詞で、決してこちらに近づいてこない距離感を醸し出しているように感じる
ランスーミキちゃんのですます言葉に、きっと多くの男性諸氏が胸を焦がしたのでは?


「微笑がえし」は、解散が決まった後に作られ発売された曲

歌詞が直接描くのは、年下の、やさしくて可愛い悪魔との別れ
その内容は、男女二人の別れだけど、別れの場所はなぜか三叉路


あの三叉路で
軽く手を振り
私達 お別れなんですよ

1,2,3 3つ数えて
見つめ合ったら
私達 お別れなんですね



みんながこの歌の意味づけを解って聴いているから、
三叉路で別れてそれぞれに遠ざかる、女性三人の
後ろ姿が目に浮かんだのは明らかだ


そして、その歌声が、とっても明るい
明るく、朗らかに、最後の別れを唄う最愛のアイドル

安住伸一郎の日曜天国のオープニングで聴いた「微笑がえし」
一度もときめいたことがない、私と違う時代のアイドルの歌

ファンとの別れ、キャンディーズ3人の別れ

その明るい歌声に?ですます言葉に?

なんででしょうね

なんで、
涙が溢れたのでしょうね


ファンだった方々の落胆が、ちょっとわかる気がした


きっと、青山斎場は、多くのファンで囲まれるのでしょう



母を亡くしたからか、幾ら還暦前という若さであっても、
病気で亡くなったこと自体は、別に何とも思わない今日この頃

自分の青春と重ならない存在だったけれど、やっぱり、キャンディーズって
そんな自分にとっても、存在感が大きかったということなのかもしれない


田中好子さん、安らかに

2011年4月19日 (火)

-JIN-と大江戸神仙伝

TBSの人気ドラマ、JINの続編が始まった

前作が好評だったらしい

私も見ていた

前作を見ていて、10年以上前に何度か読んだ、
大江戸シリーズで有名な石川英輔氏の大江戸神仙伝を思い出した

この本の内容と、JINの内容が酷似しているのは有名なようだ

盗作だ、という誹りもあるのかもしれないが、私はそこをくさそうとは思わない

見ていて純粋に面白いから

このドラマを見ていると、自分自身が江戸時代に迷い込んでも、こんな印象を受けるんだろうな
という実感のようなものを感じることが出来るところが好きだ

だから、佐久間象山が現代社会に迷い込んだことがあるとか言われても、
江戸時代に自分が迷い込んでそれなりに悩みを抱えつつ生活しているときに、
そんな人に出会ったら、きっと物凄く嬉しいだろうなぁと、そんな風に思わせてくれるのだ
こんなの嘘っぱちだとはちっとも思わせない
そこが、このドラマはとても上手いと思う

私が、このドラマでいちばん好きなのは、オープニングの映像だ

江戸もしくは明治時代と思われる名所の写真に、現在のその場所の画像が重なる
その変遷が示す現実に、得も言われぬ寂寥感を感じるのだ

私は、今よりも昔のほうが、自分に合った世の中だったのではないかと思っている
あの、日本人の身の丈に合った、木造建築の連なる繊細な街並み
決してこの目で実物を見ることが出来ない、決して触れることの出来ない、失われた風景
当時であれば、外国人でさえ、実物を見て触れることが出来たのに、
現代に暮らす私は、
日本人でありながら、現代に暮らしているというだけで、 見ることすら出来ない
ひたすら、羨ましく、残念でならない
その感覚に、あのオープニングの映像とBGMがしっくり来るのだ

もちろん、今でも、日本各地に、ほぼ江戸時代のままに残されている街もある
しかし、今は現代だ
その街並みも、現代の暮らしの中に存在している
だから、その中に、本当の意味での「当時」は存在しない
そこに流れている時間は、あくまで、「現代」でしかない

JINは、うまく当時を演じていると思う
このドラマを見ていると、そこがとても心地いい



一方の「大江戸神仙伝」
SF
娯楽時代小説といったところのこの小説は、偏見と言ったらいいのか、紋切り型と言ったらいいのか、
ちょっと思い入れの強すぎる文章が嫌味に感じるものの、面白い小説ではある

暫く前に何回か記事にした「大江戸泉光院旅日記」も、このシリーズの一巻だ
そのシリーズの中に、「2050年は江戸時代」という一冊がある
細かい内容は忘れたが、その名の通りの内容である
震災と原発事故を目の当たりにした今日、この本がちょっと現実味を帯びてきたように思う

もう一度読み直してみようかな


Sp1030204

TBSドラマ「JIN」の隠れた原作?大江戸神仙伝

2011年4月17日 (日)

一つじゃないの?日本

大きな工場が、被災した下請工場からの部品が届かないから、
海外から部品を調達するようになるかもしれないとか、
そうなったら被災した工場は大変な損害を受けるとか言っている

一つになろう、日本!


なんて言うなら、海外から部品調達して国内の被災企業を潰すような真似をしてほしくないな

共倒れを防ぐためには、一時的な部品調達元の変更は仕方がないかもしれないけど、
そのまま発注が戻らないかもしれない、という危機感が、下請け工場の悩みの種だと思う

「大丈夫、復旧復興したらまた取り引きしましょう」
そういう固い絆は、営利企業には存在しないのかもしれない

一つになろう、日本!


この響きが妙に虚しい

2011年4月16日 (土)

チェルノブイリは起こらない?

チェルノブイリ原発の事故は有名だ

有名だが、私は大量の放射性物質が飛散したということ以外、事故の概要を知らなかった

で、ちょっと調べてみた

驚いたな


あの事故は、原子炉の緊急時の挙動を確かめるための実験中に起きたそうだが、
運転中の原子炉に対して、実験を開始してから、原子炉が爆発するまで、
なんと、たったの60秒しか掛からなかったというのだ

60秒・・・・

カップ麺だって出来上がらないではないか

たったそれだけの時間で、それなりに安定作動していた原子炉でも、
燃料棒が破損して冷却水が瞬時蒸発を起こし、爆発するのだ

核燃料という物が、どれだけの熱量を持っているかが想像できる

チェルノブイリ原発第四原子炉は黒鉛炉という物で、福島第一原発と異なり、
中性子線の減速材に可燃物である黒鉛を使っていた
核燃料棒の過熱によって瞬時蒸発した冷却水はもちろん高熱で、減速材である黒鉛も、
定常運転時でも600度になっているそうだ
その物質同士が触れあって、黒鉛が爆発的に燃えたわけだ

福島第一ではチェルノブイリ事故は起きない
そう言う人がいる
確かに、構造が違う時点で、同じ事故は起きないだろうが
そもそも、なにを持って、「チェルノブイリ事故」というのだろう?

爆発?
爆発するだけなら、そんなに怖くはないだろう
千葉のコンビナートでも大変な爆発事故が起きている
もちろん原発ではないけれど

放射性物質の大量飛散?
ならば、その生成原である核燃料棒は、福島第一の
ほうが圧倒的に大量に存在する
チェルノブイリより大量の放射性物質をまき散らす危険が今なお消えない状況にあるのに
「チェルノブイリ事故は起きない」なんて言っていいのだろうか?

チェルノブイリは格納容器がなかったが、福島第一は原子炉が格納容器に納められているから大丈夫?
格納容器の外部にある使用済核燃料プール内だけでも、
チェルノブイリの数倍の核燃料が存在していて、建屋があの状態だというのに?


あんな大きな津波が来るとは思わなかった
全電源喪失など起きるわけがない

そう言っているのと大差ないように聞こえる


チェルノブイリ事故の概略については、おもにここを読ませて頂きました

物には言い方ってものがあるだろうに

「万里の長城」と喩えられた、田老町の津波防潮堤

その存在が、住民の心から、津波に対する備えの意識を低下させたと、あちこちで聞く

こういう分析は、ある意味正しいと思うが、
一方で、住民を守ろうと真剣にこの堤防を考え、
必死に築造した方々の努力や誠意に対して、
敬意を払う必要はないのだろうか?

津波で崩れた家財を、「がれきと言っては可哀想」という意識があるのならば、
結果的に歯が立たなかった防潮堤であっても、「あれがあったせいで人が大勢死んだ」なんて、
少なくとも私は口に出せない

上手くいったら大絶賛
しくじったら袋だたき

こういう掌返しは、日本人の性質かもしれないけど

「あれがあったせいで」って言っている人の中で、
今回の津波が来る前に、あんな防潮堤じゃダメだって言っていた人がどれだけいたか
福島第一原発に無数にあった災害対策上の不備にたいして、
今回の事故が起こる前に、あんな原発じゃダメだって言っていた人がどれだけいたか


あれでは歯が立たなかった
でも、本気で住民を守ろうとの想いで作ってくれたんだ
この機会に、また対策方法を考えよう


そういう眼差しを持たなければならないと、私は思う


海岸沿いの低地は、付近の山を削ってかさ上げするべきだと思う
所謂、スーパー堤防で、今回の海岸被災地にこれは不可避だろう
美しい海岸を守らなければ、という意見もあるが、
それなりの市街地の海岸からは、防潮堤、防波堤、岸壁で、「美」など
すでに無くなっていたのだ

一方で、海岸美を守れる場所もあるだろう
そういう所には、津波から人名を守る対策を施さなくてもよいように
人を住めないように規制を掛ければいい


それでも、未来の災害に対して万全かと訊かれれば、そんなこと誰にも解らないだろう

将来の災害時に、今、真剣に考えている対策でも歯が立たなかったときに、
「あれのせいで」なんてそしりを受けるとすれば、何にも言えなくなる

「あれのせいで」と言う方は、
こう言うつもりなのだろうか?

「なんの対策もしないほうがいい。復興バラックが建てられるままに放置し、
次第に市街地然となっていく時間の流れに目をつぶれ」


どうなんだろう?

それはそれで一つの思想として非難すべきものではないと思うが、
こんなこと言っている人を未だ見ないな。

2011年4月14日 (木)

斜陽なる写真店

未だに、デジカメを買ったことがない

9歳も年下の後輩が、凄く高そうなコンパクトデジカメを持っていて、やきもちを焼いてしまった

いつまでも子供だと思っていたのに、
いつの間にか、その子も31歳になっていた
そりゃ高価なデジカメでも買えるわけだ
男の一人や二人は経験するわけだ

2年ほど前までは、銀塩カメラには味があるんだと独り善がりに逆らっていたが、
小市民にとって、銀塩はランニングコストが高すぎる
フィルムも、いよいよ買いにくくなってきた
母の形見の低解像度デジカメを手に入れてからは、
いつしか、α507siも、すっかり使わなくなっていた

そんな今日、授業が始まった
私は、ちょっとした講義を受け持っている
入学したての18歳の顔を見に、半年ぶりの通勤経路を歩くと、
去年まで頑張っていた写真店が、2月いっぱいで閉店していた

最後にフィルムを現像してもらった店だった

たいして貯まっていないポイントカードを捨てた


そろそろ、銀塩カメラの文化も終焉を迎えようとしている

日本人には荷が重いのかも?

福島県飯舘村が避難指示を受けるなど、福島第一原発の状況は深刻だ

数日前に、飯舘村は避難させたほうが良い旨、IAEAが報告していたが
日本政府はこれを突っぱねた

もし、飯舘村、若しくは福島県が独立国家だったら、
おそらく、とっくに独自で避難指示を出していたのではないか?
しかし、勝手に判断したら、後で政府に何を言われるかわかったものではない、
という意識を、政府は自治体に抱かせていないだろうか?

新潟県が昨日の13日に、節電の社会実験を行ったそうだ
その結果は、今日、14日にも公開すると言っている

このフットワークの軽さに比べて、政府と東京電力、原子力保安員の動きの鈍さはどうだろう?

誰かがどこかで言っていた
私も同じことを思うのだが、日本人は巨大な組織の運営に向いていないのではないか?

全くの感覚論でしかないけれど

組織の大きさが都道府県レベルだと、非常に高性能に感じる日本の組織は、
それが国家レベルの組織になると、ボロしか見えない

道州制という議論があるが、それもこの辺りの日本人の特性を見越してのことなのだろうか?

管首相の無能ぶりが取沙汰されているが、
今の国会議員の中で、ちゃんと仕切れる人がいるのだろうか?

私には見当らない

さくら

男はつらいよ~純情編~が、数日前にテレビ放映されていた

古い映画だ

宮本信子がとても可愛かった
その父親役、森繁久弥は未だ若かったが、
父の寂しい背中をとても上手く演じていて、切なかった
前田吟と結婚したての倍賞智恵子も可愛い
マドンナ役の若尾文子を見て、沢尻エリカはこの人によく似ていることに気付いた


「男はつらいよ」を見て、あぁいいなぁと感じるようになったのは30歳を過ぎてからだ

それまでは、何が良いんだか全く解らなかった
心に何一つ響かなかったし、残らなかった

歳を取ってきて、失うものが多くなればなるほど、
寅さんの世界が愛おしくて堪らなくなった

寅さんの妹といえば「さくら」だ

今は桜の盛りも越える時期
例年から比べれば少し遅めの満開だが
春の青空を背にする畑の脇の一本立ちのサクラが綺麗だった

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野立の桜(勝手に命名/2011.4.13撮影)


さくらは、いつも兄である寅さんに想いを馳せている
寅さんが帰宅して目の前にいるときはもちろん、
糸の切れた凧のように、どこかを放浪しているときでも

さくらのような、兄想いの妹がほしい

2011年4月12日 (火)

畑仕事

土を耕している

一月末から忙しかったことに加え、、地震に気持ちを持って行かれたことで、
ジャガイモの植え付けの適期を逃してしまった

そればかりか、雑草を生い茂らせてしまい、
危うく種を実らせてしまうところだった

種が出来るとそれがまた発芽するばかりか、隣の畑に飛んでしまい、迷惑を掛けてしまう

畑を持つというのは、雑草との戦いそのものだ

雑草を取り除くと、昨年10月に撒いた玉葱の種が芽を出していた
これは恐らく順調に生育してくれるだろう

11月に撒いた絹さやは、手を掛けられなかったせいか、跡形もない

同じ日に撒いた小松菜は、既に生長して、花が咲いてしまった
小松菜の花芽は柔らかく、美味しい

昨年から植えっぱなしの苺には、幾つか花が咲き始めた
植えっぱなしの苗には、大きな実は実らないという
まぁ仕方がない

これから先は、インゲン、小豆等だろうか
地這いのキュウリやトマト、茄子なども植えようかと思う


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夕陽に長い影を落とす畑


風向きによっては、この畑にも、福島第一原発から漏洩している放射性物質が届くだろう

現時点で、それが体に影響するほどのものではないとしても、
これから先、関東平野がいつまで平穏でいられるのか・・・・
ふと手を休めれば、北東の空を眺める

時折、大型のC-1輸送機が、その方面から帰還したり、飛んでいったりする

そのどれが災害支援用のフライトかはわからない

気をつけて活動して頂きたい

2011年4月10日 (日)

人が喜び、自分が喜ぶ

聖飢魔ⅡのCDを借してくれた後輩に、ほんのお礼をしようと思った

この後輩は新婚。せっかくなら、奥さんにも喜んでもらいたくて、

わりと近くにある(といっても2駅先、距離でいえば3駅先の)洋菓子店に行ってみた

亡くなった母が近くの病院に入院中の昨年秋
前々から気になっていたこの店でケーキを買ったのが初めてだった
病室で母と一緒に食べたケーキは大変に手が込んでいて、
美味しく且つ安くて、すっかり気に入っている

店内を探すと、時節柄、鯉のぼりの小袋に詰められた焼き菓子があった

とても可愛い柄だったし、大きさもレターパックに同封できる程度、金額もちょうど手頃だったので、
これを一つ買い求めて、手持ちのメッセージカードに簡単なお礼をしたためて送った

翌日、後輩から届いた旨の連絡があった
奥さんが、鯉のぼりのパッケージが可愛いすぎる!と喜んでいますとあった

なんだか嬉しかったな

その奥さんには会ったことがない
会ったことがない人にでも、喜ばれるとなんとも嬉しいものだ


確定申告の結果、所得税の還付金が振り込まれた
この中から、義援金を送ることにしている
見たこともない何方かに、喜んで頂けたら・・・・

2011年4月 8日 (金)

どうでもいいよな地デジ化だけど・・・・

貸家が7軒並んでいる

昔はよく見た、木造の平屋が一塊りになっている光景だ

我が家はそんな、昔ながらの貸家の一軒である

数日前に記事にした防音工事と偶然重なって、地デジのアンテナ工事が行われた
この辺りは航空自衛隊入間基地の航路脇で、東京電力の送電鉄塔が低い
その影響で、テレビは受信障害を受けていたので、対策として、
東京電力によってケーブルテレビが導入されていた
だから、もともと貸家の屋根にアンテナは立っていなかった

貸家の家主も大変だ
アンテナは貸家の設備らしい
だから、貸家のアンテナを地デジ化するのは貸家の責務なのだそうだ

そういうことで、貸家で共用するアンテナが立てられた

我が家はその時点で地デジ化には一切対応していなかった

1986年製のモノラル音声の19インチブラウン管テレビを使っていた
不具合がないことはなかったが、リコール対象だったそのテレビの点検に来たメーカーの技師は、
内部を見て、まだまだ使えますよ、と太鼓判を押して帰っていった

地デジテレビなんか買うもんか買えっこねぇと息巻いていたが、

3月中には46,000円の値を付けていたREGZAの26RE1Sが、
エコポイント制度が終わって3日後には、43,180円に下落していた

築40年のこの貸家でさえも地デジ設備が設えられた。潮時かもしれない


ほぼ底値と見込んで、Amazonで買った

並びの店子仲間に借りた脚立で屋根に登り、地デジアンテナ線を宅内アンテナ線と繋ぐ
地デジのアンテナ線は5C-2Vのしっかりとしたものだが、
宅内アンテナ線は3C-2Vの細いもので、尚かつ古い
もしかしたら40年ものかもしれない
ダメ元で繋いでみると、なんの問題もなく地デジを受信できた

あっけない


見た目は古い、
昭和の遺産のような貸家
若い女の子なんか避けて通りそうな家である

しかし、そんな家にも、地デジという先端技術が注ぎ込まれるのだ

人間ってしぶとい生物だと思う

2011年4月 5日 (火)

聖飢魔Ⅱの「真昼の月」

悪魔であるデーモン小暮閣下は、震災直後のレギュラー番組への出演を辞退した

私は聖飢魔Ⅱの信者ではない

教典と呼ばれているアルバムやシングルも一枚だに持っていない

しかし、透明感溢れる歌声や、女性ボーカルのカバー曲で披露される声域の広さ、
また、相撲界に対する造詣の深さなど、基本的に好きなアーティストである

その閣下が、レギュラーのラジオ番組を欠席したのは、3月15日の火曜日だった

当時、テレビやラジオは報道特別番組ばかりという状況が続いていただけに、
閣下が欠席ということにさしたる感慨は抱かなかった

しかし、その欠席が"辞退"だったのは意外だった

翌週、閣下は、辞退に至った経緯というか心境を吐露していた

要するに、世を忍ぶ仮の姿であるとか、悪魔であるとか、
虚構そのものが彼のキャラクターである以上、
深刻な問題が生じている時期に露出するべき存在ではない、ということなのだ

しかし、満を持しての登場となった閣下のコーナーは、濃密なものだった

数日前に記事にしたNYTS(ないつ)の「ワンダフル浪江」も、この日、閣下が取り上げたものだ

そして、その日の閣下のコーナーの最後に流れたのが、閣下自身の選曲による「真昼の月」である

聖飢魔Ⅱの曲で知っているのは「蝋人形の館」ぐらいだった

痺れた

こんな曲を持っていたのだ


震災後、ラジオから流れてくる音楽が変わったことは書いた
シンディローパーのトゥルーカラーやキャロルキングのユーガットアフレンズのように、

何度も掛かる曲も目立った

そういった中、「真昼の月」は、ラジオからはその一度しか聴いていないが、
いちばん痺れた


真昼の月はいつも見ている
小さな幸せも絶望も
太陽の陰 かくされても お前が流す泪も 見つめてる
・・・・
お前が暗い時でも 照らしてる

悪魔の形でつかみ所の無いようなトークをする彼が、
震災後の全ての日本人に聴いて欲しいと選んだ曲である
彼が、こんな慈愛溢れ美しいメロディーの一曲を歌っていることに、
なんだか、誇らしいような気分だ

日本人として

Sp1030189

聖飢魔Ⅱ「真昼の月」収録のアルバム「NEWS
貸してくれた信者の後輩S君、ありがとう

2011年4月 4日 (月)

寄付金がデカすぎて・・・・

ユニクロの誰かが10億円を寄付しただとか
ソフトバンクの誰かが100億円を寄付しただとか

そう遠くないうちに、関東や近畿でも大震災が予測されているというのに、
其方に寄付する余力は残っているのだろうか?

小市民が心配することではないだろうけど

ただ、もし、天災が立て続けに起きてしまったら・・・・
その想定は為されているのだろうか?

それとも、10億だの100億だのなんて、幾らでもないということなんだろうか?

あまりに巨額の寄付だけに、すこし首をひねりたくなる

不思議な感覚

TBSラジオのkakiiinが、昨日、今シーズンの最終回を終えた

プロ野球のオフシーズンに、その放送時間帯で放送していた、

また、10月頃に再開されることを熱望する

AMラジオは、一時期、ステレオ化という進化を遂げようとしていた
それ用の受信機も存在したが、一般化はしなかった
TBSラジオも、今年の一月いっぱいでステレオ放送をやめた

そんな最近までやってたのか、という印象だ

しかし、kakiiinの放送は、ステレオでなくてもよかった

25年前のラジカセで、モノラルの音楽番組を聴く
40歳になれば、心を揺さぶられるのに、音質など必要ないということを知った

今回の東日本大震災後は、流れる曲が変わった
メッセージソング、友情や絆を強く意識させる歌
寄せられるリクエストは多種多様だった
演歌まで流れた

深い悲しみに暮れたリスナーの多くの心に染み込んだだろう

そういった曲や、多くの人々の励まし合いを聴いていると
なんとも言えない絶望を感じる

沈みつつあるタイタニック号のホールで、
楽団が演奏を続けている、あのシーンで感じた絶望感だ

日本の全漁獲能力の10%を喪失し、復旧には10年以上必要と謂われる漁業
沈静化に半世紀掛かると見込まれる、
アンコントローラブルな福島第一原発
電力不足による経済の停滞が明白な夏に向かう、無情にも止まらない時間
壊滅した
海岸沿いの集落や市街地
ちょうど春休みで転校や引越の適期というのに、
積極的な移住政策に舵を切りきれない政府
放射性飛散物の恐怖に曝されつつも、身動きできない巨大都市Tokyo

どうしても、これまでのパラダイムから脱却できないのは、政府ばかりではない
日本の一構成員である国民の全てが、そのシステムに組み込まれているのだ
そこから脱却するのは容易なことではない

ホテルカリフォルニアみたいじゃないか

もう逃げられない
残された日々を、せめて陽気に過ごそうじゃないか

ラジオから流れる歌は、私にはそのように聞こえることがある

それが良いとか悪いとかを言いたいのではない

ただ漠然とではあるが、絶望を感じる

そして、ただ願わくば、杞憂であってほしい

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