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2010年12月 7日 (火)

渡良瀬橋

栃木県足利市

比較的大きな地方都市だ

西隣の太田市に、私が設計した住宅が普請されているほんの一時期
JRの駅を利用するためだけに、訪れたことがある

たったそれだけの縁でしかないのに、この街は強く印象に残っている
関東平野には珍しく、山の目立つ街だったからかもしれない

いや、「ここがあの森高千里の渡良瀬橋の舞台なのか」という感慨によるものかもしれない

市内の中央には、渡良瀬川が東西に流れている
かつては足尾銅山の鉱毒に苦しめられたこの川も、
今は穏やかに岸辺を洗っている

西から市内にアプローチすると、市街地
は渡良瀬川の対岸になる
小高い山が
川の両岸を固めているせいか、街があたかも山に囲まれた印象を受ける
しかし、地図や航空写真を見ると、
確かに北半分は山が控えているものの、南半分は、関東平野に開かれている

印象なんて、適当なものだ
傾いた日差しと、渡良瀬川の高い土手のせいかもしれない


長い橋を渡って市内に入ると、中心部には、幅の広い道路が渡良瀬川に併走している
歩道は、石畳で綺麗に舗装されていた

夕暮れ時に行ったせいか、沿道の商店の影の印象が色濃いが、背の高い建物はない
そのおかげで、中心部にいても、街の背後に山が見えた

渡良瀬川によって東西に開けた印象のあるこの街
天井川のせいで、橋は街の中でも高い場所になっている
その橋からは、平らな関東平野と、気まぐれのようにポコリと盛り上がる山を見渡せて、
光の粒が山肌から こぼれ落ちるように降り注ぐ夕日がとりわけ美しかった



その美しい夕日を、
森高千里が、とても美しく歌っている


寂しくて悲しい恋の想い出が、

足利という地方都市の生活風景と、美しい自然風景に彩なされている
地元でもない彼女なのに、その等身大な詞風景は、
あの街の夕日をありありと思い出させる

山の景色、土手の高さ、駅の古さ、
冬の夕空のチラチラと光の舞う空
それは、とても切なくて、悲しくて、儚い
時に自然は美しすぎて、風景は雄大すぎるから、
独り取り残されたような気がして、淋しい涙が零れる


そんなあの街を、一人で歩くその人の姿が目に見えるような、素晴しい歌詞だ


渡良瀬橋で見る夕日を
あなたはとても好きだったわ
綺麗なとこで育ったね
ここに住みたいと言った

電車にゆられこの街まで
あなたは会いに来てくれたわ
私は今もあの頃を
忘れられず生きてます

今でも 八雲神社へお参りすると
あなたのこと祈るわ
願い事一つ叶うなら
あの頃に戻りたい

床屋の角にポツンとある
公衆電話おぼえてますか
きのう思わずかけたくて
なんども受話器とったの

この間 渡良瀬川の河原に降りて
ずっと流れ見てたわ
北風がとても冷たくて
風邪をひいちゃいました

誰のせいでもない あなたがこの街で
暮らせないことわかってたの
なんども悩んだわ だけど私ここを
離れて暮らすこと出来ない

あなたが好きだと言ったこの街並みが
今日も暮れてゆきます
広い空と遠くの山々 二人で歩いた街
夕日がきれいな街


(作詞:森高千里 1993年)


字面を見ているだけで、情景がありありと浮かび上がるようだ

女言葉だから、主人公は女性だと思うけれども、
男の私には、女言葉を装った男の詞にしか聞こえない


なんども悩んだ だけどここを離れて暮らすことは出来ない



前から知ってはいた
叶わぬ恋があるということも、
この歌が、足利で、宝のように扱われているらしいことも。



発売された頃はまだ3歳だったという、この街出身の女子学生に
この歌の印象を訊いたことがあるが、とても好印象だった

今日、ラジオから流れてきたのをキッカケに、
ダウンロード購入して、初めてじっくり聞いた

それがよくわかった

こんなに素敵に歌われた足利という街が、ちょっと羨ましい

森高千里の「渡良瀬橋」
心に染み入る、素晴しい歌だ

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