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2010年12月

2010年12月31日 (金)

自由と歓喜に寄す

年の瀬の定番といえば、第九だ

ベートーベンの交響曲第九番

あまりにも有名で、あまりにも定番すぎて、飽きられてしまったのか
最近は耳にする機会が減ったように思う

今まで、何人かの指揮者による、何組かの交響楽団による第九を聴いたが、
どれもが、いかにも、いかにもな調和で、心底いいなぁと思う演奏になかなか出会えない

どれも、定番として、いい曲だとは思うけど

ところが、かれこれ20年前に、しびれちゃったのだ

レナード・バーンスタイン指揮

楽団は、バイエルン放送交響楽団とドレスデン国立管弦楽団員
1989年のクリスマスに、東ベルリンのホールで録音されたライブだ
レコーディングエンジニアはバイエルン放送協会


バイエルンは西ドイツ
ドレスデンは東ドイツ

そう、東西ドイツを隔てる壁が崩壊し、歓喜に湧くあの冬のクリスマスに、
東西ドイツの音楽家、エンジニア、聴衆が集結して、
まさに歓喜の中で演奏・録音された第九なのだ

あの日に起きたことを、私はテレビの生中継で見た
生まれた時から存在していた、東西ベルリンを隔てる壁の上に
多くの人々がよじ登っていた
考えられない光景だった
何か、得体の知れない悦びを感じたものだ

その年のクリスマスの、壁崩壊を祝う第九のコンサートである
何度聴いても、本当に溢れんばかりの歓喜が伝わってくる
そして、何度聴いても飽きない


この演奏、実は、原曲と歌詞が違うらしい
第九の合唱は、元来「ODE AN DIE FREUDE(歓喜に寄す)」だが
この演奏では、「
ODE AN DIE FREIHEIT(自由に寄す)」となっているのだそうだ
このライブにふさわしい手心ではないか


私が、このベルリンを訪ねたのは、1995年の3月
壁の崩壊から5年少々経ったばかりだった

壁の一部は保存され、撤去した壁のあとには、レリーフが埋め込まれていた

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西ドイツ側のベルリンの壁は落書きだらけ(1995年)       「BERLINER MAUER 1961-1989」とある

この、薄い壁一枚がもたらした人類の悲しみは計り知れない
崩壊から5年経ったその時の、壁の周辺はとても静かだったが、
それが崩壊したことの喜びというものも計り知れない

今年は、一年の間に色々あり過ぎて、辛かった

しかし、それでも前を向いて生きていかなければならないとするならば、
この、人類の歓喜の結晶ともいえる演奏を、一つの心の支えにして、
新しい年を過ごしていこうと思う

このような、人類の最高の喜びをたたえる、素晴しい音楽のエントリで、
今年最後のブログを締めくくりたい

このブログは、読んで頂いているあなたのおかげで続けられています
本当に、どうもありがとうございます
来年も、あなたの訪問を、心から待ち望んでいます

どうぞ、良い新年をお迎え下さい・・・・

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レナード・バーンスタイン指揮の第九"ODE AN DIE FREIHEIT"

2010年12月30日 (木)

黒豆を炊く-その3

朝の9時半

一晩置いた鍋は、既に十分冷えている

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冷えた鍋には、ある種の神聖さを感じる

蓋を開ける
液面に密着している
クックパーをゆっくりとめくる
黒い煮汁に沈んだ黒豆は、未だその姿を見せない

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黒豆は、黒い密の底に沈んでいる

豆に傷を付けないように、
小さなお玉で、ゆっくりとすくい上げる
すると、ふっくらと膨らみ、黒皮がピンピンに張った黒豆が姿を表した

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わかり難いかもしれないが、黒皮はピンピンだ

爪楊枝が、黒皮をぱちりと破き、ぬーっと沈み込んでいく柔らかさ
舌で押し潰すと、口の中に豆がとろけていく
あぁ、今年もよくできた

コツは、
とにかく、冷することだ
絶対に急冷してはならない
鍋が熱いうちに、味見などといって蓋を開けてしまえば、急激に冷えてしまう
そのまま冷えてしまえば皺になるし、再度蓋を閉めれば、膨張し、皮が破れるのだ
こうなっては元も子もない

黒豆炊きは、時間こそ掛かるものの、なにも難しいことはない
味見などしなくても美味い豆が炊き上がる
我慢するのだ

鍋を見ていると、どうしても何か手を出したくなってくるから、
極弱火で炊き続ける6時間は、大掃除でもしていればいい
テレビを見るのもいいだろう


今年も自信作の黒豆を、ぜひ・・・・

(おわり)

2010年12月29日 (水)

黒豆を炊く-その2

一晩置いた黒豆
蓋を取ると、既に黒豆は液面に浮いている

9時頃から中火で炊き始める


徐々に灰汁が泡となって浮いてくるので、徹底的に灰汁取りする

熱湯を注いだ器と、網のお玉を使うと、具合がよろしい
すでに豆が浮いているので、灰汁は取りづらいが、めげずに取り続ける
豆の黒皮を傷つけないよう、細心の注意が必要だ


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豆を取り巻く灰汁の泡

沸きかけたら、1カップほどの差し水をする
火加減は中火のまま変えずに、灰汁を取り続ける
再度沸きかけたら、同じ量の差し水をする

二度目の差し水をする頃には灰汁も尽きる

この時点で、火を付けてから、凡そ、1時間半ほど経っている

ここで、火を極限の弱火に絞り、落としぶたをする
うちには落とし蓋なるものがないので、クックパーを使っている

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クックパーは液面に密着させる

落としぶたを敷いたら、蓋をして、極限の弱火で、6時間以上、ひたすら炊き続ける
そして、翌日まで蓋は一切開けてはならない

炊いている間は、鍋の中が正圧になるので、
蓋の通気口に詰めたアルミ箔は取っておく
そうでないと、鍋の周りに結露水が飛び散ることになるからだ


6時間以上経ったら火を落とす
今年は、7時間炊いた
 
火を落とす前に、必ず、鍋蓋の穴に詰め物をする
これが大切だ 

古新聞などをたっぷり敷いた上に鍋をおろし、
鍋肌に冷気が当たらないように、古新聞を上から掛けてやる
窓際はコールドドラフトがあるから、避けるべきだ

これで、明日の朝まで、徐冷してやるのだ (つづく)

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三日分の朝刊の上に鎮座ましました黒豆大明神

2010年12月28日 (火)

黒豆を炊く-その1

さらに経験をつんで簡略化した2013年版はこちら



年の瀬には、丹波の黒豆を炊く

黒豆は、なかなか難しいとよく聞く
今年亡くなった母も、黒豆だけは苦手にしていた
どうしても、
皺が寄ったり、皮が破れたりするらしい

で、7-8年前から、黒豆は私の担当になった

担当になって以来、一度も失敗していない
毎年、見事な豆に炊きあがる


多少、皮が破れる豆が出るのは、これは収穫や鞘取りの時のキズだったり、
ある程度仕方がないが、皺が寄らないように炊くのは難しいことではない

ただ、時間が掛かる
炊くだけで日中6時間、その前後に一晩掛かる
だから、一日の予定を考えて炊かなくてはならない


炊くのは、丹波の黒豆だ

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一袋250gで1,365円を二袋一気に炊く

炊き方は、豆の袋に書いてあるとおりでいい

黒豆は、本格的に炊く前に、一晩煮汁につける必要があるから
作業は夜始める

調味料も、袋にあるとおりだ
豆が500gのばあい

砂糖・・・400g
醤油・・・50cc
塩・・・小さじ1
重曹(炭酸水素ナトリウム)・・・
小さじ1(レシピには「少々」とある)
錆釘・・・数本
水・・・2.3リットル


このレシピも、年々改良が加えられている
2年ほど前からは、豆の量が増えた時の水の量の目安も加えられた
これは重要なヒントで、豆の量に合わせて水を増やすと味が決まらないのだ
調味料は、豆が倍なら倍、3倍なら3倍でいいのだが、
水は、豆が倍なら1.5倍、3倍なら1.8倍にしろと書いてある
尺貫法的な数値の丸め方だな
ところで、今年のレシピには、重曹の記述が消えていた
重曹は、豆をよりふっくらと炊くために入れる
毎年使ってきていて、未だたくさん残っているから、
今年も重曹を入れることにした


砂糖は、きび砂糖を使っている

もちろん、上白糖でもいいはずだが、
初めて黒豆を炊いた時に、徳島の和三盆を使った名残で、
何となく、似てるんじゃないかと思って使い続けている

醤油はキッコーマンの特選丸大豆
塩は、一応海水塩を使っているが、赤穂の塩程度の、まぁ普通のものだ
重曹も、薬局で売ってる奴を何年も使っている
錆釘は、私が改修設計に関わった古民家から出た和釘を使っている

これを軽く水洗いし、ティーパックに入れておくのだ

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豆、砂糖、重曹、釘

水は、浄水器を通した水道水
まず、水だけを鍋に入れて湧かす
鍋も、ステンレスにガラス蓋の、ごく普通の鍋

鍋蓋に通気口が開いているので、アルミ箔を詰める

以上を用意したら、豆を洗う

皮に傷が付かないように、極力優しく、両手で底から撹拌するように洗う

これが、冷たい
細かい作業をするわけではないので、手が凍えても困りはしないが、
とにかく年の瀬の夜の水は冷たいのだ


4-5回ほど撹拌すると、洗い水に大きめの泡が立ち、ほんのり白く濁るので、水を換えて再度洗う
二度目はさほど泡も立たず、白濁もしない

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一度目の洗い水。泡立ち、白濁する   二度目。泡は立たず、水も濁らない

もう一度水を換えて濯げば、洗いはおしまいだ

洗った黒豆は、ざるに揚げておく

そうこうしているうちに、鍋の湯が沸くので、湧いたら火を落とし、全ての調味料を一気に投入する
重曹と塩のせいで、どわーっと泡が立つが、すぐに落ち着く

この中に、洗った豆を投入し、
錆釘を静かに沈める

このまま一晩なじませる


いよいよ、明日の朝から、炊き始めだ (つづく)

そろそろ・・・・

今日あたり、多くの方が仕事納めだろうか?

かつて、勤め人だった頃、今日は仕事場の大掃除の日だった

埃を飛ばし、窓を拭き、不要な物を捨てた
毎週、週初めに掃除をしていた職場だったので、さして労力は掛からなかった
それでも、窓を拭くのも、
網戸を洗うのも一年に一度
冷たい水での掃除はそれなりに辛いものだった

窓ふき用の洗剤もいろいろ試したが、結局、何を使おうと、
からぶきが全てを決めるということを知った
片手にマイペット溶液で絞ったぞうきん、
もう片手に、からぶきのぞうきん
水気が飛ぶ前にからぶきすれば、すっかり綺麗になった

掃除が終われば、データなどの整理で時間を潰し、
ささやかな忘年会に出掛けた

社長一人、職員二人、全て男という小さく地味なコミュニティに、
社長の奥さんが加わり、花を添えてくださった

会社の手で修繕した、街の料理屋での忘年会
早い終電を気にしながら呑んだものだ

それなりにありがたい忘年会だったけれど、
その小さな飲み会の晴れ晴れしない雰囲気を嫌って、
口から出任せを言って参加を免れ、
自分の好きな時間の過ごし方をしたこともあった

そういう時間は、とても楽しく過ごしたものだが、
客観的に見れば、タチの悪い、嘘つき社会人だった

それを直す気は一切無いが

今年、私は忘年会に参加することはなかった
二つの会から誘われたが、一つの会はどうしても参加したくなかった
参加したら、
怒るか、泣くか、潰れるか、きっと滅茶苦茶になっていたと思う

もう一つの会は、一人を除いて面識の無いメンバーで、
当日、肝心のその一人が参加できないというものだったので、
人見知りの私は参加を辞退した

こんなこと続けていたら、そのうちに誰からも誘われなくなるかもな

12月23日に行った、母の100ヶ日の墓参上がりが、忘年会だろうか
メンツは家族だけだったけれど


まぁ、仕方がないか


個人で仕事をしている、友達のいない人間なんてこんなものだ

来年は、どんな年の瀬を迎えるのだろう
ちゃんと迎えられているかなぁ?

今日、仕事納めの方
一年お疲れさまでした
来年もお互い頑張っていきましょう

たまに来て家の中をウロウロして帰る、
友達に一番近い生き物で癒されてください

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こいつは面白い奴だが可愛くはない・・・・

2010年12月27日 (月)

白菜を食う

白菜が穫れた

たいへんに立派な白菜だ

無農薬で白菜を作ると、レースのようになると聞いたことがあるが、
季節がよかったのか、殆ど虫食いがない

虫はいる
小さめの芋虫がいる
でも、寒くて活動していないのだろう

適当に切って、昆布出汁だけで水炊きにする
一緒に入れたのは、やはり畑で穫れた葱と、しめじ、しいたけ
鶏の胸肉で、さっぱりと炊きあげる

穫って数時間の白菜は、甘くて瑞々しい

これから、その残り出汁で、白菜だけを入れて食う

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きっと、うまい
 
こういうのを、「間違いない」というのだ

2010年12月24日 (金)

Merry Christmas Eve...

大切な後輩、大好きな後輩、

この世の中の全ての恋人たちに、幸せな夜が降り注ぎますように・・・・


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冬至と柚子と大掃除

12月22日は冬至だった
柚子湯には浸かりましたか?

我が家は、湯船に湯を張ることは滅多にない
贅沢だと思っているのと同時に、
ものぐさなのだ
しかし、冬至用に柚子を頂いたので、久々に湯を張ることにした
ついでに、風呂場の
大掃除である

風呂場は、ぴったり一坪ある
ユニットバスではなく、一昔前の手作りの風呂だ
手作りで一坪の風呂というものは、意外と広い

廊下から20cmくらい低いタイル貼りの床の隅に、
70cmx80cmの浴槽が、こぢんまりと納まっている
つまり、洗い場が無駄に広いのだ
しかし、L字型だから、

ドアに面した1/4坪の部分は、シャワーホースも届かず、洗い場として使えない

一坪の広さを全く生かし切れていないのがいかにも残念だから
その1/4坪には、敷居と同じ高さのすのこを作って置き、足拭き場に使っている

すのこを上げると、排水口が姿をあらわす
ここが、汚い
お風呂のルックをぶっかけて、たわしでゴリゴリ擦り落とす
3回ほど繰り返して擦ると、綺麗なタイルが顔を見せた

排水口には、ホームセンターで買ってきたトラップを自分で付けている
ここには、パイプマンをぶっかける
ところが、パイプマンってたいした洗浄力が無い
結局、ブラシの力は欠かせない

湯船のエプロンも、腰壁も、風呂釜の穴も、すのこも、風呂蓋も、石けん置きも、
ボトルの類も、満遍なく掃除して、ピッカピカになった風呂に湯を張った

前回はいつだったか・・・・半年振りぐらいかもしれない

体中の産毛に細かな気泡がまとわりつく
胸のど真ん中にあるキズには、もう少し大きな気泡
それらを手で拭えば、浮いた気泡がはじける、さーっという小さな音
柚子のいい香り
じんわりと体の芯から温まる感覚
あぁ、一年なんて早いものだなぁ・・・・


湯に浸かったのは、9月末以来だった

KANのアルバムに、「ゆっくり風呂につかりたい」というものがある
このアルバムに、特別な思い入れはないけれど、
全く、風呂にぐらい、気兼ねなくつかれるようになりたいものだ

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ある意味"昭和レトロ"な風呂場

2010年12月23日 (木)

AMラジオの時代

今年になってから、ラジオを聞くようになった

実は、昨年もラジオを試したのだが、すぐに飽きてしまった

昨年は、質の高い音楽といえばFMだ、という固定観念から、FMしか聞かなかった

ところが、やたら巻き舌で生意気なDJの喋りばかりが目立ち、全く面白くなかったのだ
音楽も、途中で簡単に切ってしまう
昔は、FMで音楽を流す時は、フルコーラスと決まったものだったのに
エアチェックでカセット録音という時代が既に過去のものになった今では、FMラジオなんてこんなものか?

で、すぐに聞かなくなってしまった

今年になって、なぜかAMに手を出した
キッカケは思い出せない

大沢悠里とか、荒川強啓とか、永六輔とか・・・・
昔聞いていた頃と変らない懐かしい名前のオンパレードだった
なんだか古くさくてオッサン臭いと敬遠していた番組を、やけに面白く感じるし、
若いアナウンサーやタレントが仕切る番組も面白いのだ

毎日やっている番組も、週末だけの番組も、バラエティに富んで、情報の質も高い
とにかくニュースや社会情勢の勉強になっている

ラジオの生放送の良さというのは、何が起こるかわからない、という緊張感ではなく、
目に見えないメディアが元々持っている気楽さに加え、
何が起きても仕方が無いという、力を抜かざるを得ない状況を作りだし、
より享楽的に、あるいはより真剣に、出演者全員が番組の内容に没頭することだと感じた

テレビでも見掛けるアナウンサーたちが、テレビとは全く異なり、
肩の力を思いっきり抜いて番組を進行しているのが心地よかった

その、楽しそうに喋りまくる様は、水を得た魚のようにさえ感じる

エボルタ君で散々利用したUSTREAMを知ったのは、TBSの平日深夜の番組、Digだった
ラジオの生放送を生中継するという、一見不可思議な企画
USTREAMの中継に、中断はない
CM中だろうが割り込み番組中だろうが、スタジオを中継し続ける
カメラはWeb用の低解像度のもの。カメラ用の司会者は居ない
スタジオの風景が映し出され続けるだけだ
それは、あたかも防犯ビデオの画像のようだ

ところが、妙に見入ってしまう
テレビとは何かが違う
それは、見せてはいけない面がないということかもしれない

テレビの画像には、カメラの死角に、多くのスタッフがいる
スタッフがカメラに映り込むだけでも失態という、作られた世界だ
ところが、この中継では、まず、真っ正面にガラス越しのスタッフが見える
アナウンサーが原稿の下読みをしているプロフェッショナルな姿や、
スタッフが入り乱れて段取りしたり、スタジオの机の上に飲み物やお菓子が用意されていたり、
スタッフと出演者がコミュニケーションしているのが映ったり
出演者が想像以上にラフな服を身につけていたり

それは、なんというか、台本のない、仕事場の中継なのだ
エボルタ君の記事で書いたように、まさに舞台裏のおもしろさを見せてくれるのだ
テレビの生中継なんか足元にも及ばない面白さだ

エボルタ君で散々有り難がったtwitterを知ったのは、TBSの平日夜の番組、kakiiinだった
番組のホームページを見ていると、聴取者からtweetがどんどん投稿されていく
ハガキやFAXは言うに及ばず、メールの上を行くリアルタイムさだ
まぁ、twitterに気を取られていると、番組が上の空になるのだけど

野球のオフシーズンに、18時から放送されるkakiiinは音楽番組だ
AMの音楽番組なんて、昔は曲の一部を聞かせるランキング番組ぐらいだったから、
はじめはkakiiinのこともバカにしていた

ところが、kakiiinは、基本フルコーラスで聞かせるのだ
感心してしまった

新旧洋邦とはいいながら、基本80年代中心で、
懐かしくて胸が熱くなる曲を、一日一曲は聴かせてくれる
AMだから、当然モノラル音声なのに、それでいいと思わせる何かがある

懐かしい記憶を蘇らせてくれる、それだけで嬉しいのだ
こっちが歳を取ったからだろう

AMラジオを聴かせてくれているのは、高校に入学した頃に買ったラジカセだ
驚いたな、もう25年前のことなのか

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25年を経た今、AMラジオの楽しみを再認識させたラジカセ

AMラジオを聞くようになって、ネットで曲をダウンロード購入するようになった
わりと早い段階で、USTREAMやtwitterも知った
古くさいメディアのおかげで、最新のメディアを利用するようになった
最近では、未だ障壁が残るものの、ネットでラジオを聴けるラジコも登場した

テレビは、地デジ化で息巻いているが、ニュースやお笑い番組をハイビジョンで見る必要はない
いや、ハイビジョンであるべき番組なんてあるのだろうか?


もしかすると、テレビは、あっという間にラジオに淘汰されるかもしれない
AMラジオの面白さは、そんなことさえ感じさせる

2010年12月22日 (水)

家具の存亡

家具を解体した

この貸家に越してきて、10年になる

越してきた時に間に合わせで買いそろえた粗末なハイチェストは、
10年もたず、そう、5年ぐらいで壊れだしていた

鏡板が引出から外れたり、側板が中骨から外れたり、
紙の粉末を圧縮しただけの素材は湿気にめっぽう弱く、
撓んで膨らみ、引出は軒並み横付けレールから外れていた
ここ一年は、もう、家具という体裁すら保てていなかった。

無い懐は振れないのだが、あまりにひどい有様だったので、
思い切って、同じ大きさの、国産のものを買った
安かったけど、鏡板も、引出の箱も、桐の無垢材だ
背板や、引出の底板が薄い化粧合板なのは致し方あるまい

本当に簡単な作りの家具だが、さすがに日本製で、
暗黙のルールは全てわきまえてくれているのが嬉しい

どのぐらい、頑張ってくれるか楽しみだ


で、その、家具の体裁すら無くなっていた10年ものの"元"家具を解体した

道具は、げんのうとバールとのこぎりと+ドライバ

まぁ、わかってはいたが、ひどいシロモノだったなぁ
天板は、段ボール芯でぺらんぺらん
側板は、部分的にバルサ材が入っているだけでぺらんぺらん
引出の箱は、バルサ材でふにゃんふにゃん
あとは全部、
紙粉のプレス材でぺらんぺらん

もう、ぜんぶぺらんぺらんのふにゃんふにゃんですよ

幅3尺、高さ4尺、奥行き1.3尺という普通の大きさなのに、
1時間ぐらいで解体完了

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燃えるゴミの日に出せる大きさに切り刻まれた"元"家具

もともと壊れていたとはいえ、もともと粗末とはいえ、なんという安易な作り
この家具を買った頃は、今みたいな知識はなかったからな・・・・

構造材から造作材まで、殆ど全てを国産の杉や桧で造る家の設計をしていると、
こんな家具を使っていたのが恥ずかしくなってくる


祖母の形見の家具は、恐らく50年以上経ったものだと思うが、
全く問題なく現役である。

天板、鏡板は、タモかブナの無垢板
引出の箱は、杉の無垢板
側板は、ラワンの骨にラワン合板
変な匂いもない

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齢50以上と思われる祖母の形見。今でも現役


家具というのは耐久消費財
こういうものを、大切に使うべきなのだ

2010年12月20日 (月)

生まれ来る者、滅び逝く者

結婚してから、毎年ほぼ一人の割合で身内が死んでいる

一年目には、義長兄(肺癌)
二年目には、叔父(肝臓癌)
四年目には、
義兄弟(膵臓癌)
五年目には、叔母(肝臓癌)
六年目には、祖母(腎臓癌)
七年目には、母(腎臓癌・多発性骨髄腫)

亡くなった身内だ。全員、癌である。
こうなると、自分の結婚が疫病神を降臨させたように思えてくる

昨日は、最初に亡くなった義長兄の墓参りに行った
本当は、お彼岸に行くつもりだった
ところが、お彼岸の中日に母が亡くなった

仏で仏がぶっ飛んだのだ
洒落にもならない

義長兄が眠るのは、千葉の柏である

墓参りは"ついで"にしてはいけないとはいうものの、
柏までにはそれなりの距離があり、それだけいろいろなものがある

昨日は、一緒に仕事をしている工務店の内覧会が川口で開かれていたので
打合せを兼ねて、そこに立ち寄ったら、案の定、少々足止めを食った

義長兄の墓地は管理人の居る霊園墓地だから、門限がある
この時期、16時過ぎには暗くなってしまうから、門限も早い

日中は空も青く、日差しも豊かだったのだが、
14時過ぎから曇りがちになってしまった


川口から江戸川を渡り、南流山を経由して、柏へ走る
この、埼玉東部から千葉西部地域は、たいへんに道が悪い
曲がりくねっていて信号が多く、道幅は狭く、なんといっても橋が少ない
たいへんな混みようだから、ドライバーはみんな苛ついている

暮れてゆく空、迫る門限

イライラするほどだ

幸い、門限前に着いたものの、時刻は16時を回っていた


線香と、南柏駅前で買った仏花をお供えすると、
無機質な御影石に、色とりどりの花が浮かび上がる
線香の煙が、辺りを静かに漂い、
墓石を濡らす水は、小さな音を立てて地面に染み込んでいく

墓に向かい、なかなか来られなかった言い訳をぶつぶつと唱える
生前、2度しか会う機会がなかった母と義長兄はほぼ同世代だ
かつて、柏駅前で評判の喫茶店を営んでいた義長兄だから、
コーヒーが好きだった母に自慢の一杯を淹れて、世間話をしているかもしれない
私も、そう遠くない未来に、そっちに行くかもしれないよ
数珠を繰る手元を、12月の北風が冷たく吹き抜けた

ほかに、誰一人居ない墓地
子供の頃はあんなに怖かったのに、
なんで今はこんなに落ち着くのだろう?

卒塔婆がカタカタ鳴っても、
枯れてしまった仏花がカサカサさざめいても、
たとえ、このまま真っ暗になっても、
私はきっとなんの恐怖も感じないことだろう

立ち寄った内覧会には、これから素晴しい家を拵えて、家族を育んでいこうという、
眩しいほど前向きな家族が何組も見物に来ていた
工務店の社長も、子供を4人だか5人育てている
 

その方々に囲まれているのが、私には怖かった

他人の幸せが眩しすぎて、正視できない

私は子宝に恵まれず、跡継ぎはいない
母方の家系は、恐らく平家の末裔で、四国徳島の山中に2・3軒残るだけの苗字の持ち主だった
その血をひく私は、大病院の医師でさえ首を傾げる非常識的に不良品だった心臓を持ち、
非常識的に太い首でありながら、精密検査が必要な脊髄を持って生まれてきていた

この体に流れる血筋が、消滅へと向かっているのだ


墓地には多くの墓石が賑やかに並んでいる
しかし、一基一基は孤独そのものだった

墓地を出ると、すぐに管理人が門を閉めた
未だ門限前だったが、辺りはすっかり薄墨に染まっていた
私が、最後の「お客様」だったのだ



車には、いつも線香とライターを載せている
いつでもお参りできるように、だ
かつては、いつデートしても良いような物も載せていたが、
そんなロマンチックなものも、もう・・・・

2010年12月18日 (土)

通院

3年前に、心臓を患った

いや、もう4年前になるのか


手術を受けたのは広尾の病院
狭山から広尾までは、一時間半ぐらいは掛かる
手術後も、その遠い病院まで、季節毎に通院を余儀なくされているが、
在宅勤務で出掛ける機会も少なく、元来病院好きな私にとって、
それは年に数度の楽しみの一つだ

昨日は、その通院日だった


病院からの帰り、いつもはバスに乗るのだが、昨日は天気もよかったし、

写真も撮りたかったし、距離もたいしたことはないので、歩いてみた

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病院。最近建替えて、手術・入院した建物はもう無い


都心は暖かいのだろう
病院前の道には、まだ、銀杏が黄色い葉を付けていた

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この直後、この交差点でタクシー同士が事故ってびっくり


昔の満州鉄道総裁の屋敷は、一時期「羽澤ガーデン」というレストランとして使われていた
その敷地にはマンションが計画されているようだ
家屋は取り壊されたのだろうか?これだけの屋敷だから、外から家屋は見えない
周辺では、貴重な緑をなくすなと、反対運動が起きていて
それ故か、工事をしている様子はなかった

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満鉄総裁の屋敷門(旧羽澤ガーデン)

國學院大學の脇には、氷川神社がある
お参りして、広いとは言えない境内を眺めていると、
学生風情が大勢通り抜けている
一人の女学生に声を掛け、理由を聞くと、渋谷駅までの近道なのだという

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國學院の学生の通学路・氷川神社参道


確かに近道のようだし、沿道には学生向けと言えそうなお店も多い
もっと昔に、こういう道を大好きな女の子と一緒に歩きたかった


次回の通院は、3月
のはずなのだが、プロフィールに書いた左の肩コリが一向に消えないばかりか、
痺れるまで悪化しているので、主治医に相談し、脊髄整形外科に掛かったら、
来月、精密検査を受けることになった
 
未だ40歳になったばかりだが、かなりガタガタ
あんまり出来の良い個体ではなかったのかもしれないな・・・・

2010年12月16日 (木)

嬉しい知らせ

私は今の職業に足を踏み入れてから8年経つ
その間、ずっとある試験を受け続けた

勉強の仕方すらよくわかっていない人間が、
仕事をしながら、試験勉強するというのは至難の業である

だから、当然受からなかった

マトモに勉強しなかったんだな

昨年、本気で勉強して、その一次試験に合格
続いての二次試験は製図の試験で、一次試験合格者のみが受験できる
だから初めての受験だったわけだが、
図面を書くのを仕事にしている以上、
ハッキリ言って苦労はしなかった
努力はしたけれど

学生の時から製図は好きだった
当時は手書きで、何本ものシャーペンやインクペンを小遣い叩いて買ったものだ
ロットリングというインクペンは素晴しい書き味で、線を書くこと自体が喜びだった

ステッドラーというシャーペンは金属製で、その重みと質感に心を躍らせた
数あるシャー芯の中から、三菱uniのGRCTを見つけた時は、見事な書き味と発色で卒倒しそうだった


大げさか?



大げさだな



大学を卒業し、数年間他の仕事を経て設計の世界に足を踏み入れると、
仕事場にはCADが普及していて、手書きで製図することはなくなった

この二次試験は手書きなので、どうなることかと気を揉んだが、
学生のころの楽しい記憶が蘇り、練習が楽しくて仕方なかった

私は金がないから、資格学校になんて通えず、全て独学だった
まぁ、ああいうお勉強の場には、金があっても通わなかっただろうけど
参考書は書店で買った
インターネットは試験の情報収集に大いに役立った
二次試験の勉強費は、参考書や文房具で、総額1万円も掛からなかったと思う

  その程度の出費で済んだのは、大好きな後輩が、幾つかの道具を貸してくれたから
  ありがとう (o^-^o)


その分、訓練のアイデアは自分でとことん考えた
手書きの製図試験だけれど、CADも活用した
試験の本質を見極める努力もした

だからか、二次試験は楽しくて簡単だった
試験中から、「これはもらった」と思っていた
合格発表まで気を揉んだことは確かだけれど、合格通知が届いた時は、当然だと思った



その経験を、訊きたがってくれる人が身近に二人いた


一人は毎週会う機会があったので、何度か直接アドバイスできたが
もう一人は遠くに住んでいて、直接アドバイスしたのは一回だけだった
まぁ、二人とも、メールでもアドバイスしたけど


今日は、あれから丸一年


その二人から、合格の知らせが届いた


二人とも、わけあって不愉快な思いをさせられた、若しくはさせられている原因人物なのだが、
悔しさを胸にしまい、涙をこらえてアドバイスした結果が合格となると、やはり嬉しい

まぁ、本人が努力したから合格したのであって、
私のアドバイスなんか、吹けば飛ぶよな将棋の駒、のようなものだけど

このブログは、その二人には知らせていないので、
ここで書いていることを読む機会はないと思う
物凄く小さな確率で、ここにたどり着くことでもなければ、ね

まぁ、だからこういうことも気楽に書けるのだ



Hさん、Y君、合格おめでとう



何となく、おめでとうの万歳っぽいので・・・・

P1010027

万博記念公園「太陽の塔」2010年撮影
 

2010年12月14日 (火)

口内炎って奴は

舌が痛い

口内炎だ

10日ほど前の食事中、特に固いものも尖ったものも食べていないのに、
突然、舌の裏側に血豆ができ、程なく破血、その後、めでたく口内炎になった

舌の裏の口内炎なのに、痛みはやがて舌の表面にまで広がった
就寝中など、特に口の中が乾くと激しく痛むらしく、目が覚めてしまう
痛みは脳髄に響くようで、耳とか、もういろんなところが痛くなる

私は、以前から傷口が治りにくい体質だ
怪我の傷口など、下手をすると半年近く治らない
3年ほど前に開胸手術をしたのだが、その傷口に至っては、
未だ盛大に
ケロイドが盛り上がっている

元々の体質に加え、不良品だった心臓を手術した後は、
バイアスピリンという血液をサラサラにする薬を服用し続けているので、
余計治りにくいのだろう


口内炎もなかなか治らない

舌っ足らずなしゃべり方になり、えおえお言っている
「そうですね」は、「おうぅえうぅえ」という感じだ
舌が動くと痛いものだから、喋れば自ずと不機嫌な声になる
応対もぞんざいになってしまう


はぁ・・・・(ノд・。)



この一週間に電話や直接お話をしたお相手の方、
きっと、不愉快に感じたことでしょう

ごめんなさい


目下、別の時に処方して貰った痛み止めと、期限切れのチョコラBBで頑張っている

口内炎は、口の中を清潔に保ち、かつよく湿らせておくと痛みが少ないようだ
水道水でよく口を濯いでおくだけで、だいぶ楽になる
飲み物は、コーヒーよりお茶のほうがいいようだ

口内炎になったら、お茶を飲みましょう

Sp1030115

2010年12月13日 (月)

渡良瀬橋に行ってきた

なのに、写真は一枚もない

なぜかって、着いたら暗かったのだ

......orz......


「秋の日はつるべ落とし」とはよく言ったものである
あと30分早ければ未だ明るかったのに・・・・
14時半過ぎに出て、圏央道を終点桶川まで走って、足利に着いたら16時半過ぎだった

アホか・・・・

思い立ったのが遅かったんだな

まぁ、昨日は夕方から西の空に雲が出始め、
もし明るいうちに着いていたとしても、きっと夕日は拝めなかっただろう

それでも、もちろん「渡良瀬橋」は渡ったし、
「遠くの山々」
は薄闇にもくっきりと浮かび上がっていた
「床屋の角にポツンとある公衆電話」は健在だったし
織姫神社の参道には灯籠が灯されていて、遠目にも綺麗だった

薄暗がりでも、足利の風光明媚は充分感じ取ることができた

まぁ、休みの日にドライブを楽しんだと思えばそれでいい


帰りは、板東太郎を渡り、武蔵水路脇を走って行田を抜け、鴻巣・川島を経由し、川越を通り抜けた
武蔵大橋の手前の館林には面白い後輩がいて、
行田には足袋の仕入や、
フライを食べに行ったことがある
鴻巣には先輩がいて、
川島には至極の名建築である遠山記念館があり、
川越では大切な後輩が一生懸命働いている



片道80km弱はあるのだが、要所々々を見知っていると、距離を感じないものだ


今度は、ちゃんと明るいうちに着いて、是非あの綺麗な夕日を見たい
その時には、名物になっている様子の、ソースかつ丼も食べてみるか

2010年12月12日 (日)

畑も秋の彩り

50坪ほどの土地を借りて畑をしている

たいした仕事もしていないくせに、忙しくてあまり手をかけられず、
久しぶりに葱を穫りに畑に行ってみたら、
初夏に、立派な実をつけてくれた苺が、きれいに紅葉していた

P1030108


ジャガイモ、玉葱、絹さや、インゲン、
かき菜、小松菜、トマト、葱、

なすび、
小豆、レタス、人参、
大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、
カリフラワー、そして苺

この一年あまりで、育ててきた野菜たち

こうやって羅列してみると、けっこうやってきたものだなと、我ながら感心する

2010年12月11日 (土)

川越の底力

関東平野の氾濫原に囲まれた、ほんのちょっとした丘の上に広がる川越

最近では蔵造りの街並みの知名度も上がり、
首都圏近傍の観光地としての地位をすっかり確立したようだ
昨日、役所に所用があって出向いた折に観光中心地「一番街」を覗くと、
初老の団体旅行客が大勢観光していた
天気のいい土日なら、尚のこと大変な人出である

この一番街には、観光客を楽しませる土産物屋が数多く並んでいる
しかし、それらの多くはいかにも観光地の趣であり、
決して川越を川越たらしめるものではない

以前から、観光客向けの店は多かった
でも、年々、そのレベルが落ちるのだ
街の入口に数年前にできた角の店の外観は漫画のような張りぼて建築で、
見る者の目から見れば情けないとしか言いようがないし、
なんで街並みのど真ん中に1,000円均一のショップがないといけないのか

観光地というものは、地元の方には暮らしにくいだろう
地元の用に足る商いでは、せっかく来てくれる大勢の観光客から売上を得にくいが、
かといって、観光客に照準を合わせると、一気に低俗になってしまう
伝統や文化が売りの観光地にとって、低俗化は致命傷といってもいい
川越の観光資源は、古い建築物と祭りの伝統だ
気をつけて、発展してほしいと願う


私が川越に本格的に足を踏み入れてから、18年が経つ
昨日今日お見えになった観光客然としたボンクラ時代を経て、
今では旧市街在住の知り合いも数人数えられるようになった

そんな、ちょっと小慣れた者にとって、川越といえば、料亭である


10月の川越祭りの日、いつも立ち寄る懇意の方が体調を崩され寝込んでいたので、
今日、用事の済んだ後にちょっと様子を伺ってみた
幸い、すっかり元気になられていて、全快祝いのようなものよ、と、
はす向かいの喫茶店チモトでお茶を誘われたので、遠慮無くご馳走になった
喫茶店を行きつけにしているのが偉い

西日を受ける、感じのいい二階席で、優しい味のコーヒーとチョコレートケーキをお供に、
小一時間ほど過ごしただろうか
留守番をされていた旦那さんに、「デートしてきたのよ」、と報告していた
まぁ、デートだわな
話の内容は病気のことばっかりだったけど

その家とはご両親がご存命の頃からのお付き合いだ
お父上は、今のような観光化の舵取りをされた在野の偉い学者
私がちょこちょこ立ち寄るものだから、そのたびに、
いろいろな話を聞かせてくれた
何故か知らないけれど、私を気に入ってくれていたのだろう
お母上が、例の「鯔背だねぇ」の方である
そして、「デート」の相手が、その娘さんだ

その方々から、何かの折にはいつも、
「心してお食事をする機会があれば、『山屋』さんにしましょう」
そう言われていた

その、「山屋」というのが、地元に一目置かれている料亭である
りそな銀行の向かいの路地を西に入った先にある

前庭が道より幾らか低いので、
瓦葺き木造二階建ての軒が低く抑えられている
程良く茂らせた前庭の奥に構える、間口の広い平入りの玄関には格子戸が建てつけられ、
昼は、土間と座敷越しに木漏れ日が揺れる
本庭を見通すことができ、
夜は、座敷の灯りが暖かく前庭を照らす
土間には、玄関守をする下足番の姿

良い店構えだ


7年ほど前、店の案内を貰いに、汚い格好で門を潜った
祝いの席を、是非ここで開こうと思ったからだ

小春日和の昼過ぎだった
開け広げの座敷の向こうでは、庭に遊ぶ鳥のさえずりが聞こえる
板場から、水と器の立てる物音がかすかに聞こえる
しかし、声を掛けても誰も出てこない

まるで、露伴の「五重塔」の、お寺の場面である

暫く粘ると、庭師だか使用人だかがやってきて、
申し訳なさそうに、小脇に備えてある小さな案内を渡してくれた

さすがに敷居の高そうな店だな、そんな第一印象だった

しかし、電話やメールで数度の連絡を交わした後、ある日の仕事の帰りに立ち寄ると、
私とそうは歳の違わない、着物姿の女将が座敷に上げてくれて、
親切に、話を聞いてくれた

全てが終わって、精算に訪れた日は、いい天気だったが未だ少し肌寒くて、
本庭とガラス戸一枚挟んだ座敷にはガスストーブが焚かれていた
ソファに腰掛けると、その炎の幽かな音と、鳥の声しか聞こえなかった
本庭の木々は芽吹ききって、目に見える全てのものを緑に染めていた
それはまるで緑の海のような光景だった

精算が済んだ後、今回の一連のお礼の徴にと、
折り詰めにみっちりと納まった、ずっしりと重い出汁巻き玉子を頂いた
実に美味い出汁巻きだった

山屋が「料亭ウェディング」という看板を掲げたのは、その後のことである
女将さんは、後日、私のこの一連の経験を参考にして始めたのだと言っていた

あれ以来、「山屋」は、個人的に利用するほか、
客人を接待するために使っている
年賀状も、女将さんと直接遣り取りしている
母は、女将さんが体調を崩した時には心配の手紙を送り、
その女将さんに第一子が生まれた時には、お祝いを贈った

先日、母の他界に伴う年賀欠礼のお知らせを送ったら、
女将さんから、丁寧なお悔やみと線香のお供えを頂いた


川越には、「初音」「吉寅」「佐久間」
「松寿司」「幸すし」など、立派な料理屋が多い
「吉寅」と「幸すし」は、レストランも併設しているが、料亭の框を上がるべきだ

これらの料亭や、西日の綺麗な喫茶店チモトも、あの一番街沿いにはない

一歩踏み入った脇道が、川越を支えている
のだ

2010年12月 7日 (火)

渡良瀬橋

栃木県足利市

比較的大きな地方都市だ

西隣の太田市に、私が設計した住宅が普請されているほんの一時期
JRの駅を利用するためだけに、訪れたことがある

たったそれだけの縁でしかないのに、この街は強く印象に残っている
関東平野には珍しく、山の目立つ街だったからかもしれない

いや、「ここがあの森高千里の渡良瀬橋の舞台なのか」という感慨によるものかもしれない

市内の中央には、渡良瀬川が東西に流れている
かつては足尾銅山の鉱毒に苦しめられたこの川も、
今は穏やかに岸辺を洗っている

西から市内にアプローチすると、市街地
は渡良瀬川の対岸になる
小高い山が
川の両岸を固めているせいか、街があたかも山に囲まれた印象を受ける
しかし、地図や航空写真を見ると、
確かに北半分は山が控えているものの、南半分は、関東平野に開かれている

印象なんて、適当なものだ
傾いた日差しと、渡良瀬川の高い土手のせいかもしれない


長い橋を渡って市内に入ると、中心部には、幅の広い道路が渡良瀬川に併走している
歩道は、石畳で綺麗に舗装されていた

夕暮れ時に行ったせいか、沿道の商店の影の印象が色濃いが、背の高い建物はない
そのおかげで、中心部にいても、街の背後に山が見えた

渡良瀬川によって東西に開けた印象のあるこの街
天井川のせいで、橋は街の中でも高い場所になっている
その橋からは、平らな関東平野と、気まぐれのようにポコリと盛り上がる山を見渡せて、
光の粒が山肌から こぼれ落ちるように降り注ぐ夕日がとりわけ美しかった



その美しい夕日を、
森高千里が、とても美しく歌っている


寂しくて悲しい恋の想い出が、

足利という地方都市の生活風景と、美しい自然風景に彩なされている
地元でもない彼女なのに、その等身大な詞風景は、
あの街の夕日をありありと思い出させる

山の景色、土手の高さ、駅の古さ、
冬の夕空のチラチラと光の舞う空
それは、とても切なくて、悲しくて、儚い
時に自然は美しすぎて、風景は雄大すぎるから、
独り取り残されたような気がして、淋しい涙が零れる


そんなあの街を、一人で歩くその人の姿が目に見えるような、素晴しい歌詞だ


渡良瀬橋で見る夕日を
あなたはとても好きだったわ
綺麗なとこで育ったね
ここに住みたいと言った

電車にゆられこの街まで
あなたは会いに来てくれたわ
私は今もあの頃を
忘れられず生きてます

今でも 八雲神社へお参りすると
あなたのこと祈るわ
願い事一つ叶うなら
あの頃に戻りたい

床屋の角にポツンとある
公衆電話おぼえてますか
きのう思わずかけたくて
なんども受話器とったの

この間 渡良瀬川の河原に降りて
ずっと流れ見てたわ
北風がとても冷たくて
風邪をひいちゃいました

誰のせいでもない あなたがこの街で
暮らせないことわかってたの
なんども悩んだわ だけど私ここを
離れて暮らすこと出来ない

あなたが好きだと言ったこの街並みが
今日も暮れてゆきます
広い空と遠くの山々 二人で歩いた街
夕日がきれいな街


(作詞:森高千里 1993年)


字面を見ているだけで、情景がありありと浮かび上がるようだ

女言葉だから、主人公は女性だと思うけれども、
男の私には、女言葉を装った男の詞にしか聞こえない


なんども悩んだ だけどここを離れて暮らすことは出来ない



前から知ってはいた
叶わぬ恋があるということも、
この歌が、足利で、宝のように扱われているらしいことも。



発売された頃はまだ3歳だったという、この街出身の女子学生に
この歌の印象を訊いたことがあるが、とても好印象だった

今日、ラジオから流れてきたのをキッカケに、
ダウンロード購入して、初めてじっくり聞いた

それがよくわかった

こんなに素敵に歌われた足利という街が、ちょっと羨ましい

森高千里の「渡良瀬橋」
心に染み入る、素晴しい歌だ

2010年12月 6日 (月)

奥武蔵の秋

この秋は、中津川渓谷にも、信武往還田口峠にも行かなかった

庭のハナミズキが枯れゆくのを眺めるだけの秋だった


飯能の狭山寄りのはじっこで、落花生を作っている農家がある
もう何年も行ってなかったが、ふと行きたくなった

畑には、引き抜いた落花生の株が小さな山を作り、茶色くなっていた
あぁ、わりと最近引き抜いたばかりだな、と、店のほうを見ると、新豆の幟
愛想のないおばちゃんが番をする店で、幾つか試食を楽しみ、
自宅用に新豆でないお得な物を一袋、土産用に新豆を二袋買い求めた

日本の落花生は上品な味である
香りも控えめだ
中国の物はもっと派手な味だし、香りも強い
おかきと混ぜるなら、中国産の方がいいかもしれないが
豆だけで食べるなら、やっぱり国産がいい
女も日本人に限る

せっかくだからと、ちょっと足を伸ばしてみた
秩父まで行くような時間ではなかったし、
青梅ではマラソン大会をやっていて、車で行くべきではなかったから
ほんの近所の、なんでもない風景の中で、車を転がしてみた

夕日を浴びる、いい銀杏を見つけた

P1030105

銀杏の葉というのは、手に取ると今一つ品のないものだが、
こうやって樹木全体で見ると、とてもいい質感になる
ちょっと厚ぼったくて、ぬめらっとしているあの雰囲気が、
樹木全体をベールのように包む

飛騨高山の国分寺にも、いい銀杏があったな

P1030104 P1030106
飯能郊外の銀杏(3枚とも)

周囲の畑の畦も、草紅葉が美しかった
ちょろちょろと流れる小川が可愛い水音を立てていた
自然河川だったらなお良かったけど

もうちょっと引いた写真も撮りたかったのだけど、
「HOTEL24」という看板があったりして・・・・


樹木は、逆光で撮るといい
紅葉でも、青々とした季節でも
日の光が葉を通り抜け、美しい透明感を得られる

にしても、
もうちょっと高解像度で撮ればよかったな



銀杏は、刃先への当たりが優しいので、

裁ち板やまな板に使われることがある

しかし、独特の生臭さがあって
裁ち板で使うと、スチームアイロンを掛けたときに閉口するし、
まな板で使えば、生魚などに匂いが移りそうで、
素人ではなかなか使い切れない


成長も早いからか、わりと良く切られるかして、大木が少ないだけに
この銀杏が、いつまでも大木で残るといいな

2010年12月 5日 (日)

おくりもの

いつの間にか、お中元やお歳暮を贈るようになった

親がやっているのを見ていた頃、
まさか自分がそんなことをするようになるとは思ってもみなかった


親の元に届くお中元やお歳暮には
佃煮、果物、野菜、魚介類、菓子、酒、
様々なものがあった
父が北海道の仕事をしていた時期には、
蟹や新巻鮭、イクラが幾つも届いた
人の頭より大きなタラバガニが届いたこともあった
それぞれに、贈って下さる土地の香りのようなものを感じていた

私のお付き合いの範囲は狭くて、県内ばかり
まだ、遣り取りするお相手の数も少ない
だから、頂戴する物も、そんなにバラエティに富まない
でも、醤油や味醂のセットを頂いたり、珍しいお菓子を頂いたりと、
生計の足しになったり、自分では買えない味を楽しませて頂いている

有り難いものだ


歳を取るごとに、時間の経過を早く感じるのが化学的にも論証されつつあるそうだ

ついこのあいだ、お中元を贈ったと思うのに、もう、お歳暮
つまり、半年経ったということ
あれだけ暑かったのに、今では長袖長ズボン、ストーブまで焚いている

お中元には、水羊羹や飲み物など、季節感のある品物を選びやすいけれど、
お歳暮には、季節感を選びにくい

そんな中、忙しい時でも、ちょっと手を休めて、
温かいお茶を用意して頂いて、疲れた手は湯呑みで、
心はこれで、というお茶菓子を選んでみた


喜んで頂ければ幸甚です

2010年12月 4日 (土)

夕空と後ろ姿

先日、取引先の会社に出向いた帰りのこと

橋上駅の窓には、綺麗な夕景が広がっていた

P1030095
11月29日の夕景。遠くに富士山

これは、是非写真を・・・・
と、ふと気付けば、窓を開けられる一番いいポイントで、
二人の女子高生が並んで写真を撮っていた


なんと可愛らしい後ろ姿だこと


綺麗な風景を撮る
誰だって、携帯のカメラぐらい持っているご時世だし
そんなこと、特別なことでも変わったことでもないのだけれど
イマドキの高校生、という先入観があると、
そんな制服の後ろ姿が、なんだかとても微笑ましく感じられた

夕景を撮る二人の後ろ姿
写真の上手い人だったら、綺麗な夕景をバックに、素敵な写真が撮れただろうな
でも、彼女たちの心の平穏のために、私は遠慮しておいた

冒頭の写真は、彼女たちが写真を撮り終わるまでの間、
別の窓から撮った一枚だ
ガラスの映り混みがあるのは、それ故のこと

暫くすると、彼女たちは居なくなっていた
窓はちゃんと閉められ、鍵も掛けられていた
当たり前のことだけど・・・・

いい子だ


その窓から、改めて

P1030096
西武新宿線南大塚駅から(二枚とも)


ホームの味気ない淡い緑の光すら、綺麗に感じてしまう

心が洗われるような、何処までも透明な夕空だった


これからしばらくの間は、空が綺麗な季節
くっきりと黒く浮かび上がる遠い山並み、控えめな雲
薄闇の中、全てが淡い橙色に染まる夕暮れ時もそうだけど、
日中の、硬質な青空と鋭い日差しも素敵だ

カメラ付携帯が、ありがたい

2010年12月 2日 (木)

お取り寄せ

酒を取り寄せた

P1030097
滝澤酒造「苗場山」、普通酒と本醸造

毎年、熱燗が恋しくなるこの時期に、お気に入りの酒を取り寄せるのだ

一昨年までは、このブログにも何度か登場している、飛騨高山は平瀬酒造の「久寿玉」を取り寄せていた

美味い酒だ
本当に美味い

掛け値なくお勧めなのだが、問題がある

送料が高いのだ

まぁ、6本とか12本の一升瓶を岐阜から埼玉まで送るのだから
それなりの送料が掛かるのはわかる

わかるのだが、酒一升以上の送料となるとねぇ・・・・

もう一升呑めるじゃんか

「1万円以上お買いあげで送料無料」などと掲げている小売酒店やネットショップもある
ところが、 久寿玉を取り扱っているそういった店で、
うちが取り寄せたい本醸造程度の、一升で1,700円前後の酒を扱っている店がない

小売酒店やネットショップってのは、けっこう商売っ気が強くて、
単価の高い、つまり利幅の大きい商品しか扱わないことが多いんだよな
純米だとか吟醸だとか、そんなやつ
そんなの気楽に熱燗して飲める酒じゃないのよね

まぁ、美味くて呑みたいんだからと、送料は諦めて取り寄せていた


そんな中、昨年、大学の後輩(というか教え子)たちに連れて行ってもらった津南で出会い、

久寿玉匹敵のお気に入りになった、瀧澤酒造の「苗場山」という酒

これを取り扱っている、地元(正確に言うと隣の十日町)の芳屋という小売酒屋が偉い
あの、へぎ蕎麦「小嶋屋」の数軒並びにあるこの小売酒屋の
楽天ネットショップでは、
普通酒、本醸造など、最廉価酒を販売していて、尚かつ、
「1万円以上お買いあげで送料無料」なのだ

久寿玉も飲みたいけど、同じくらい気に入った酒を送料無料で取り寄せられるんじゃぁ
こっちを選ぶのが人情というものでして・・・・

昨年末から、取り寄せの酒は苗場山になった


久寿玉は、飛騨高山に旅行に行くか、送料無料の通販が出現したら、また飲もう

ところで、飛騨高山はもちろんあの古い街並みや高山祭り、春慶塗で有名だが、
平瀬酒造以外にも
造り酒屋が6軒あったり、
キッチン飛騨天狗といった飛騨牛の美味い店があったり、
角正という大変に素晴しい料亭のある、
食い道楽の街でもある

高山ラーメンとか、赤カブとか、焼き団子ばっかりじゃないんだよ

そうそう、三嶋豆という、砂糖衣の素朴な豆菓子を作っている店がある
そこでは、傷物の三嶋豆を格安で買えたな

うーん、また行きたくなってきた

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