« 夜行バスとその車窓 | トップページ | 山口由子 »

2010年11月 9日 (火)

紀勢東線とレトロ

「ドリームとよた」は、東名高速を早めに下り、ゆっくりとした足取りで、割と長く一般道を走る
最初の停留所では、まだ真っ暗だというのに数人の乗客が降りていった
愛知環状鉄道のなんとかという駅だった


こうして、初めての夜行長距離バスの夜は、車窓の魅力と旅への昂奮で、一睡もせぬうち明けていった

薄青く明けてゆく見知らぬまちの停留所に停まりつつ、
名古屋駅に到着する頃には、街は
朝の光でいっぱいだった

仕事に向かうスーツ姿の人の波に小さな罪悪感を感じながら、
建て替える前の古い駅舎の洗面室で顔を洗い、きしめんを食べた
本当は名古屋名物喫茶店のモーニングを、と思っていたのだが、探しきれなかった

紀伊半島の東半分、
名古屋から新宮とか紀伊勝浦までの区間は、
紀勢本線の東側ということで、紀勢東線と呼ばれている
未だ電化されていない、ディーゼル列車の活躍する区間である

名古屋駅の紀勢東線のホームに上がると、引退を数日後に控えた、
キハ82系という古いタイプのディーゼル特急がエンジン音を低く響かせていた
クリーム色の車体に紅色の帯という、国鉄時代の特急車両の標準デザインだった

S01

波打つボディ・・・・昔はこんな仕上がりが当たり前だった

粗製濫造ゆえか、ボディが派手に波打っている
行き先表示は、鉄板にペンキで書いたものを車体に取り付けるタイプ
こういうものを「サボ」という
号車表示も特急の標識も、禁煙車の表示も、全て「サボ」

乗り口にはステップがあって、沿線の駅の古さを想像させた

デッキを見上げると、天井には裸の蛍光灯と、丸いグローブ灯
メラミン化粧板とアルミ地金のコーナービートのコンビネーション

S04 S03 

古き佳きデッキ                外観と共に、レトロ感溢れる車内

車内の座席は、背もたれを前後に倒せば進行方向を向くだけの、実にシンプルなもの
丸パイプの網棚、飾り気も高級感もないロールスクリーン、妙に艶のある天井埋め込みのクーラー吹き出し口
顎を乗せられそうなほど、やけに高い窓台、
静かな車内を満たすエンジンの音・・・・

S05

顎が乗りそうなほど高い窓台

全てが、まさに昭和レトロだった

でも、古い車輌を懐かしむイベント列車ではない
これでも、本気で特急料金を取る、定期運行の特急列車だったのだ


まぁ、1992年といえば平成4年だから、昭和だったのはつい最近のこと
乗客も、別に何かを不満に思っているような顔をすることはなく、

南紀への旅を楽しもうとしている、にこやかな面立ちばかりだった

いい時代だったとしか言いようがない


名古屋を出発して暫く続く平坦なルートでは、
古いとはいえ、さすがは特急車両
そこそこのパフォーマンスを発揮したし、剛性の高い乗り心地も素晴しかった
しかし、伊勢への支線と分岐する多気駅から先の山岳路では、
この車輌は非力なようだ
カーブも多くスピードが一向に出ない
併走する国道42号を走る車に、いいように追い越された
大型のトラックや軽自動車にまで、あっけなく追い越された

でも、その分車窓はゆっくりと満喫することができた


右へ左へとたおやかなカーブを描くレールは、冬の田圃や畑に書いた気まぐれな線画のようだった

行く手の先には、蒼々とした深い山並みがそびえていた
小振りな鉄橋を渡れば、その眼下にはどこまでも澄んで美しい
川が見下ろせた
山間の小さな駅には、列車を待つ人がいたりいなかったりした
通過した九鬼駅は、以前、夢に出てきた光景そのものだった

昭和33年にやっと開通したという、有数の難所を越える峠の長いトンネルにエンジン音を轟かせ、
やっとの思いで抜けたその向こうには、熊野灘が青く悠大に輝いていた

電線や架線のない、単線のローカル本線の眺めは広々としていた


終点に到着した車輌は、古いながらも頼もしげに見えたものだ

S02
紀伊勝浦駅に到着したキハ82系「南紀」

この僅か10日後、この車輌は引退した


日本で最後まで、この車輌を使用していた特急「南紀」も、
今は、
名古屋駅の写真で窓の外に写っていたサイバーな車輌で運行されている
車内は絨毯敷きで、座席部分は、眺めがよいように通路から一段高くなっている
窓台も、顎なんか乗せられるような高さではなくなり、下手をすれば膝でガラスを触れるほど低くなった
パワーは格段に向上し、国道を走る車をゴボウ抜きするようになった
所要時間は30分以上短縮された


沿線の車窓にも大きな変化はなく、相変わらず美しい

快適な車輌であり、素晴しい路線である

でも、車輌の古さやスピードの遅さなど気にすることなく、楽しそうだった乗客の顔が懐かしい
 
当たり前に、ああいう表情ができる心根は、いつまでも残ってほしいものだ

« 夜行バスとその車窓 | トップページ | 山口由子 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/563961/49979415

この記事へのトラックバック一覧です: 紀勢東線とレトロ:

« 夜行バスとその車窓 | トップページ | 山口由子 »

フォト
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ