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2010年11月16日 (火)

山陽本線(在来線)の旅(つづき-2)

9月半ばの夜半の喫茶店

椅子の後ろに鞄を置いたことや、黄色っぽい店内の雰囲気はぼんやりと覚えているが
それ以外のことは全く覚えていない

本を読んでいたかもしれない
日記を紐解くと、この旅は泉光院旅日記に影響されたことによると、熱っぽく書かれている
読んでいたとすれば、間違いなく泉光院旅日記だ

あるいは、ウトウトしていたのかもしれない

730kmあまり、15時間近く続いた興奮状態の乗車に、多少の疲れはあったはずだ

いずれにしても、徹夜独特の、根拠のない自由な気分に昂ぶっていたことだろう

0524発の列車に乗るため、きっと5時15分頃には店を出ている
この時期のその時間は、岡山の空は明るくなり始めている頃だ

岡山始発の列車は糸崎行き
時刻表には、始発で80分の長椅子は酷だったとメモしてある
糸崎で岩国行きに乗り継いで暫く乗車し、
白市からは、下関まで、なんと5時間も走り続けるロングラン列車に乗り継いだ

列車便号は1529Mとある
岡山始発の列車は
329Mだった
この「列車番号」というものは、どういう法則で付いているのかよくわからない
JRの場合、末尾にMが付いていれば電車、Dが付いていれば気動車、何も付いていなければ客車
それしかわからない
せめて、長椅子かボックス席かがわかればいいのに

この日は天気に恵まれた
糸崎行きの長椅子から見た、だんだんと明けてゆく空が美しかった


朝が明け切ると、右手の車窓に色づいた稲田が広がり

畦の雑草が鮮やかなコントラストを与えていた
広島以西の彼岸花はひときわ鮮やかで
あたかも、黄金と翠と緋の絨毯のようだった

左手の車窓には青々とした瀬戸内海が広がり、
水面の煌めきは眩しく車内を照らし上げていた

S
山陽本線・瀬戸内の朝(1997年9月20日撮影)FUJI-RDP2

新倉敷駅では傷んで倒れそうな商家が見え、
笠岡駅近傍からは、かなり見応えのある古い街並みを見つけた
三原から先、八本松までは高原の
爽やかさが気持ちよかった
ちょうどこの年の9月25日は、山陽本線の広島から徳山の間が、開通100周年だったようで
告知のポスターか垂れ幕でも飾られていたかもしれない
島田-光駅の間に、山陽本線の起点から400kmのキロポストを見つけ
福川-戸田間では彼岸花の大群落に目を奪われた


時折襲ってくる軽い微睡みに瞼を任せているときもあり
気付かぬうちに、幾つもの駅を通り過ぎていた

見知らぬ街の見知らぬ駅を、一つ一つ後にしていく
山陽路の駅のホームは、何処も明るい日差しでいっぱいだった

洒落た写真を撮れたらな・・・・
きっともっと伝えられることもあるだろうに・・・・

西田敏行みたい
♪もしもピアノが弾けたなら~♪って

写真が下手なんですよ


12時40分過ぎ、1529M列車は下関に到着した

接続列車で関門海峡をくぐり抜け、小倉で下車したところで
東海道本線-山陽本線の在来線の旅はひとまず終わった

ホームに降り立った時、全身のじ~んと痺れるような
徹夜明けの感覚と共に、
得も言われぬ充実感と達成感で満たされた、大らかな気分を憶えている


この旅は、その後、
以前のエントリーで取り上げた、久大本線客車列車の旅に続き、
帰りもまた、在来線の普通列車を乗り継ぎ、東京まで戻っている


乗客が何を思っていても、どこまでも、優しく運んでくれる
ただひたすらに、ダイヤの定めたとおりに
それは、
乗客を運ぶというより、単に走ることが課せられた役務であるかの如く
否、事実、乗客が一人も乗っていなくとも、目的地まで走って行くのだから
列車やバスは、その役務への忠実さ、ひたむきさが魅力の一つなんだと思う

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